ほねとなぴ

ほねなぴ

【閲覧注意】これはほのぼのではありません

 夜になると、通りが鳴った。

 鳴っているのは石畳か、私の骨か、それとも、まだ名前を思い出せない誰かの頭か。


 カリ、カリ、カリ。

 音は確かにあった。だが、その音が外から聞こえるのか、内から響いているのかは、わからなかった。ノミを持つのは私か、あなたか、それとももう誰もいないのか。




 ぬいぐるみには脳がない。

 布の下にワタが詰まり、その奥に骨がある。

 骨には思考と記憶が沈殿している。積もるのか、固まるのか、いつの間にかひびの隙間から溢れてくる。


 私は確かにそれを削ってきた。

 だが誰の骨を削っていたのか、今は曖昧だ。

 うさぎだったか、熊だったか、私自身だったか。


 カリ、カリ、カリ。


 削るたびに粉が舞う。白か、灰か、黒か。粉なのか、ワタなのか、灰になった夢なのか。




 灰色のうさぎを見た記憶がある。

 耳が垂れ、頭が肥大し、縫い目が裂けていた。

 ノミを当てると黒い涙の様な液体が流れた。

 「ありがとう」と声を漏らした。


 だが、あれは幻だったのかもしれない。

 存在しないものを削ったのだ。

 だから何も軽くならなかった。


 削る行為は常に遅延にすぎない。破裂を防いではいない。ただ、膨張の速度を変えるだけ。

 それを私は知っている。知りながら、削り続ける。




 朝になった。

 町に私の姿はなかった。

 布切れとワタの山があるだけだった。


 熊が見たのか、狐が見たのか、私が見たのか。

 ノミは欠け、転がっていた。


 カリ、カリ、カリ。


 音はまだ聞こえた。

 だが誰が彫っているのか、もう誰にもわからない。




 昼。

 町の広場の片隅に袋が落ちていた。

 袋の口は半ば開き、中から灰色の骨片と、ほどけた布地と、湿ったワタが覗いていた。

 それはただの残骸か、それとも治療に使われた道具か。


 見た者は誰も近づかなかった。

 なぜなら、その袋の縫い目は――確かに「なぴ」の縫い目だったからだ。


 袋が震える。


 カリ、カリ、カリ。


 内側からノミの音がした。

 だがもうノミは欠けていたはずだ。

 ならば何で削っている?

 誰が削っている?




 夜。

 袋はまだ広場にあった。

 誰も触れなかった。

 だが全員が知っていた。


 袋そのものが、変わり果てたなぴの死体であることを。

 かつて治療者と呼ばれたぬいぐるみの成れの果てであることを。


 それでも音はやまない。


 カリ、カリ、カリ。


 削られているのは袋か、町か、あるいはまだ残っている私自身か。

 もう誰にも確かめることはできなかった。


 ただ、その音だけが残った。

 ただ、それだけが永遠に続いた。





お読み下さり、ありがとうございました。

これがほねなぴの処女作となります。


カリ、カリ、カリ。

それは骨を削る音・頭蓋骨が擦れる音であり、

私が鉛筆を走らせる音でもあります。


書きながら消耗する中で、少し救われる。

そして願うのは、私の作品が、少しでも多くの心を救うこと。


やがて袋となるまで、

私は書き続ける覚悟です。


──もしこの物語が、あなたの心に何か音を残したなら、

評価や感想をいただけると、とても励みになります。

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