誰彼

二ノ前はじめ@ninomaehajime

誰彼

 直立した影に思えた。

 部活帰りの家路は夕暮れの色に染まっていて、影が濃い。少し人気のない路地を通ると、小さな神社がある。注連縄の下に鈴緒が垂れ、賽銭箱が置かれているだけの寂れた拝殿はいでんだ。

 その境内けいだいで女の子らしい影が遊んでいた。どうやらボール遊びをしている。球体が弾む。さかきの木に当たって、跳ね返る。夕暮れに女の子が一人きりとは、どうにもあやうい光景に見えた。

 少し足を止めていると、夕日をり返してボールが転がってきた。鳥居をくぐって、道路まで飛び出してくる。こちらの方向に向かってきたので、思わず拾い上げた。何の変哲へんてつもない、汚れたサッカーボールだった。

 影の少女がこちらに駆け寄ってくる。背が低く、十にも満たない年齢に思えた。間近で見ても、目鼻立ちさえわからない。ただその仕草しぐさは無邪気な子供のものだった。

 丹塗にぬりが剥がれかけた鳥居を隔てて、サッカーボールを差し出した。少女は両手で受け取り、こちらを見上げて口を開いた。

「ありがとう」

 声は目の前ではなく、すぐ真下から聞こえた。

 目を落とす。足元の地面には何かがいた。それは少女と同じ輪郭りんかくをした平面的な存在で、ギンガムチェックのシャツとスカートという出で立ちだった。目鼻の位置や形が不自然に歪んでおり、筆先で絵の具をかき回した様子によく似ている。

 絶えず渦巻く顔を斜めに裂いて、大小の歯を覗かせた口が笑っていた。

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