第4話 真実の代償
東京に戻って一週間。
黒崎と美咲は、重苦しい空気の漂う探偵事務所で、
依頼人であるタケルの母親を迎えていた。
扉を開けた彼女は、やつれきった顔で、
それでも最後の望みを胸に抱えているような目をしていた。
「……息子は、見つかったのでしょうか」
震える声が、室内に沈んだ。
黒崎はタバコに火をつけることなく指で弄び、沈痛な面持ちで口を開いた。
「……我々が確認した限り、彼は――」
言葉が途切れる。心臓が強く脈打ち、喉の奥に鉄の味が広がった。
「黒崎さん……」隣で美咲が小さく囁く。
彼女の声は支えであり、同時に背中を押す力でもあった。
黒崎はスマホを取り出し、画面を母親の前に差し出した。
そこには、村で撮影した“あの姿”――人間の形を留めながらも、皮膚の下に蠢くものに囚われ、崩壊しつつあるタケルの像が焼き付いていた。
母親は息を呑み、手を口に当てた。
「……ちがう……ちがうのよ……あの子は……」
黒崎は、声を震わせぬよう努めながら告げた。
「残念ですが、息子さんは……あの『存在』に取り込まれつつありました。助けることは、叶いませんでした」
「いや……そんな……!」
母親は椅子から崩れ落ち、嗚咽を漏らす。
美咲は慌てて駆け寄り、その背を抱き寄せる。
「……お母さま。どうか、ご自分を責めないでください。あの場所は、人の力でどうにかできるものではなかったんです」
美咲の声は震えていたが、そこには必死に寄り添おうとする温かさがあった。
母親は泣き疲れたように顔を上げ、二人に深く頭を下げた。
だが、その瞳には、息子を喪った悲しみだけでなく、言葉にできない恐怖が宿っていた。
――見てしまった、知ってしまった。その代償を理解してしまった人間の目だった。
母親が去った後、事務所に静寂が落ちる。
窓の外は曇天。光のない空は、あの廃村の空気を思い出させる。
黒崎は深く息を吐き、机に突っ伏した。
「……すまないな。俺は結局、何も救えなかった」
「違います」美咲はまっすぐ黒崎を見た。
「私たちは真実を伝えた。それだけで、依頼人は“待ち続ける苦しみ”から解放されたんです」
黒崎は彼女の言葉に救われた気がしたが、胸の奥では別の痛みが燻り続けていた。
――あの村を見てからというもの、夜ごと夢に現れる幾何学模様。
紙の上に無意識に描いてしまう歪んだ線。
それはすでに、彼自身の理性を少しずつ侵食していた。
美咲もまた、時折夜中に飛び起きるようになった。
窓の外から聞こえる、説明不能の囁き声。
それは確かに、人間のものではなかった。
黒崎はこの事件を「極秘ファイル」としてまとめ、東京CJ調査室の本部に送った。
その最後に一文を記す。
――この世には、決して開けてはならない扉がある。
――そして、一度開いてしまった者は、永遠にその影から逃れることはできない。
ファイル01:クトゥルフの廃村 END
黒崎探偵事務所-ファイル01 クトゥルフの廃村 NOFKI&NOFU @NOFKI
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