エピローグ 約束の未来

希望の涙の儀式から一ヶ月が過ぎた。


リリーとセツは山を下り、小さな村に身を寄せていた。二人は偽名を使い、ごく普通の旅人として過ごしている。


「見て、リリー」


セツが指差す方向に、美しい虹がかかっていた。最近、各地でこうした美しい現象が頻繁に起こっている。


「綺麗だね」リリーが微笑んだ。「君の涙が世界を癒してくれてるんだ」


確かに世界は変わりつつあった。各地で起こっていた異常気象は収まり、暴走していた魔法も安定を取り戻している。植物はより美しく咲き、動物たちは穏やかになり、人々の表情も明るくなってきていた。


「本当に僕たちがやったのかな?」セツが不思議そうに呟いた。


「間違いないよ」リリーがセツの手を握った。「君の勇気と愛が、世界を救ったんだ」


村の子どもたちが二人の前を駆け抜けていく。その笑い声は、以前よりもずっと明るく響いていた。


「平和っていいね」セツが安らかな表情を浮かべた。


「ああ」リリーも同感だった。「でも、この平和は君がくれたものだ」


二人が幸せな時間を過ごしているその時、空から見慣れた影が舞い降りてきた。


---


「セツ」


ラスが人の姿になって現れた。以前のような険しい表情はなく、どこか穏やかに見える。


「兄さん!」セツが駆け寄った。「どうしてここに?」


「大きな動きがあった」ラスが二人を見回した。「竜族の長老会議で決定が下された」


「決定?」


「人間との関係を見直すことになった」ラスの声に、希望が込められていた。「お前たちの行いが、多くの竜族の心を動かしたのだ」


リリーは驚いた。竜族は長い間、人間を避けて生きてきた。それが変わろうとしているのか。


「具体的には?」


「まず、選ばれた人間との交流を再開する」ラスが説明した。「もちろん、慎重に、段階的にだが」


セツの目が輝いた。


「それって、僕たちの関係も認めてもらえるということ?」


「ああ」ラスが微笑んだ。「長老たちは、お前の『希望の涙』がもたらした奇跡を目の当たりにした。真の愛の力を認めざるを得なかった」


リリーとセツは顔を見合わせて笑った。


「でも、それだけじゃない」ラスが続けた。「人間の王国からも使者が来ている」


---


「王国から?」リリーが緊張した。


「フィーナという魔導師が、竜族の居住地に現れた」ラスの表情が複雑になった。「最初は警戒したが、彼女の持参した書状を読んで驚いた」


「どんな内容だったんですか?」


「王からの正式な謝罪文だった」ラスが深く息を吐いた。「過去の行いを反省し、竜族との友好関係を築きたいという内容だった」


リリーは意外に思った。父王がそんな決断をするとは思わなかった。


「世界の異常現象が収まったことで、王も考えを改めたのだろう」ラスが推測した。「竜族の涙を武器として利用するのではなく、共存の道を探りたいと」


「フィーナさんは何て?」セツが心配そうに尋ねた。


「彼女は変わっていた」ラスが微笑んだ。「以前会った時とは別人のようで、穏やかで誠実な印象だった」


確かに、フィーナは変わっていたのかもしれない。リリーとセツの愛を目の当たりにして、何かを学んだのだろう。


「それで、彼女は何を提案したんですか?」


「段階的な交流の開始」ラスが答えた。「まず、信頼できる人間たちとの小規模な会合から始めて、徐々に関係を築いていこうと」


「いい提案だね」セツが嬉しそうに言った。


「ああ」ラスも同感だった。「だが、最も重要な提案は別にあった」


---


「最も重要な提案?」


「お前たちに、『架け橋』の役割を担ってほしいということだ」ラスが真剣な表情になった。「竜族と人間の間の仲介者として」


リリーとセツは驚いた。


「僕たちが?」


「お前たちほど適任な者はいない」ラスが説明した。「セツは竜族でありながら人間を愛し、リリーは人間でありながら竜族の心を理解している」


「でも、僕は王子の地位を捨てたし」


「それでも王家の血は変わらない」ラスが微笑んだ。「そして何より、お前たちの愛が本物だということを、両種族が認めている」


セツがリリーの手を握った。


「どう思う?」


「君がやりたいなら、僕も一緒にやる」リリーが即答した。「君と一緒なら、どんな困難でも乗り越えられる」


「僕もそう思う」セツが微笑んだ。


二人の絆は、もはや何があっても揺らがない強さを持っていた。


「では、引き受けてもらえるのか?」ラスが確認した。


「はい」二人が声を揃えて答えた。


---


その日の夕方、フィーナが村にやって来た。


以前とは確かに雰囲気が違い、穏やかで優しい表情をしている。


「リリー、セツさん」彼女が深く頭を下げた。「この度は、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


「顔を上げて、フィーナ」リリーが優しく言った。「君は友達だ」


「ありがとう」フィーナが涙ぐんだ。「あなたたちの愛を見ていて、私は多くのことを学びました」


「どんなこと?」セツが興味深そうに尋ねた。


「真の愛は、相手の幸せを願うことだということ」フィーナが微笑んだ。「自分の気持ちを押し付けるのではなく、相手が幸せになれるよう支えることが愛なのですね」


その言葉に、リリーとセツは感動した。


「フィーナさん、ありがとう」セツが心からの感謝を込めて言った。


「私も新しい恋を見つけました」フィーナが恥ずかしそうに言った。「竜族の方なんですが、とても優しくて」


「本当?」


「ええ。お二人のおかげで、種族の壁なんて関係ないということを学びましたから」


みんなで笑い合った。愛は確かに、すべての壁を越える力を持っているのだ。


---


夜になり、リリーとセツは二人きりで星空を見上げていた。


「これからどうなるのかな」セツが呟いた。


「きっと大変だと思う」リリーが正直に答えた。「でも、君と一緒なら頑張れる」


「僕も」セツがリリーの肩に頭を預けた。「君がいれば、どんなことでもできそう」


静寂の中、リリーが口を開いた。


「セツ」


「何?」


「結婚しよう」


その言葉に、セツは顔を真っ赤にした。


「け、結婚?」


「ああ」リリーが真剣な表情でセツを見つめた。「君と正式に夫婦になりたい。世界中に、僕たちの愛を認めてもらいたい」


セツの目に涙が浮かんだ。今度は純粋な喜びの涙だった。


「本当に?僕みたいな者と結婚してくれるの?」


「君以外の人とは考えられない」リリーがセツの手を取った。「一生君を愛し続ける」


「僕も」セツが涙を流しながら微笑んだ。「君と結婚できるなら、こんなに幸せなことはない」


二人は抱き合った。これまでで最も幸せな抱擁だった。


「じゃあ、決まりだね」


「ああ、決まりだ」


---


翌朝、二人は新しい旅立ちの準備をしていた。


王都と竜族の居住地を往復しながら、両種族の架け橋となる使命を果たすのだ。


「不安?」リリーがセツに尋ねた。


「少し」セツが正直に答えた。「でも、君が傍にいるから大丈夫」


「僕もだよ」


二人が村を出ようとした時、村人たちが見送りに集まった。


「お二人のおかげで、世界が平和になりました」村長が深く頭を下げた。「ありがとうございます」


「僕たちは何もしてませんよ」リリーが謙遜した。


「いいえ」村長が微笑んだ。「愛の力を示してくださった。それが一番大切なことです」


村人たちの温かい拍手に送られて、二人は新しい旅路についた。


道の途中で、セツがリリーに言った。


「ねえ、リリー」


「何?」


「私たち、本当に幸せになれるかしら?」


「絶対になれる」リリーが力強く答えた。「君がいる限り、僕は世界で一番幸せな男だから」


「僕もよ」セツが輝くような笑顔を見せた。「君がいてくれるから、どんな未来でも怖くない」


青い空の下、二人は手を繋いで歩いていく。


愛は世界を救い、そして二人に永遠の幸せをもたらした。これからも困難はあるだろう。でも、愛があれば大丈夫。


真の愛の力を信じて、二人は未来に向かって歩み続ける。


世界で最も美しい愛の物語は、こうして新しい章を刻み始めたのだった。


---


**完**


## あとがき


『竜の涙と誓いのキスー人間に心を閉ざした竜族の青年と、彼を救う旅人の恋ー』


傷ついた心を持つセツと、真摯な愛を貫くリリー。


二人の愛は、すべての壁を越え、世界をも救うほどの力を持っていました。


過去の傷、種族の違い、周囲の反対——どんな困難も、真の愛の前では無力でした。


愛とは、相手のために自分を犠牲にすることではありません。


互いを支え合い、高め合い、一緒に成長していくことです。


リリーとセツの物語が、多くの人に愛の力を信じてもらえるきっかけとなれば幸いです。


真の愛に巡り会えたすべての人に、祝福を。


そして、まだ愛を見つけていない人にも、きっと素晴らしい出会いが待っています。


愛を信じ続けてください。


愛の力を信じてください。


*〜End〜*

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竜の涙と誓いのキスー人間に心を閉ざした竜族の青年と、彼を救う旅人の恋ー マスターボヌール @bonuruoboro

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