第八章 世界を救う愛

二人が抱き合っている時、山頂に再び神秘的な光が降り注いだ。


「また会えたな、運命に選ばれた二人よ」


現れたのはノアだった。白いローブに身を包んだ予言者は、どこか満足そうに微笑んでいる。


「ノア」リリーが身を起こした。「なぜまたここに?」


「時が来たからだ」ノアの瞳が光った。「真実を告げる時が」


セツは不安そうにリリーにしがみついた。また何か大変なことが起こるのではないかと怖くなったのだ。


「大丈夫」リリーがセツの手を握った。「今度は何があっても、君を離さない」


「愛の契約魔法が完全に復活したようだな」ノアが二人の胸元を見た。「美しい光だ」


確かに、二人の契約の印は以前よりもずっと強く輝いている。


「ノア」セツが震え声で尋ねた。「僕の涙のせいで、世界は本当に滅んでしまうの?」


「いいや」


ノアの答えに、二人は驚いた。


「滅ばない?」


「正確に言えば、滅ぼそうとしているのは涙ではない」ノアがゆっくりと説明し始めた。「竜の涙の真の力を知らない者たちが、世界を混乱に陥れているのだ」


---


「竜の涙の真の意味を教えよう」


ノアが手を上げると、空中に美しい映像が浮かんだ。古代の時代、竜族と人間が共に暮らしていた頃の光景だった。


「太古の昔、竜族の涙は『世界の調律師』と呼ばれていた」


映像では、竜族の涙が大地を潤し、植物を成長させ、人々を病気から治していた。


「竜族の涙は、世界の魔力バランスを整える力を持っている。悲しみの涙は確かに魔力を乱すが、それは一時的なもの。本来の力は、バランスを回復することにある」


「では、なぜ今、世界は混乱しているの?」セツが尋ねた。


「人間たちが涙を間違った方法で使っているからだ」ノアの表情が厳しくなった。「涙を武器として、道具として扱っている」


リリーは王国騎士団のことを思い出した。ガルシアが持っていた小瓶。あれらの涙は、きっと武器に使われるのだろう。


「竜の涙を正しく使うには、一つの条件がある」ノアが続けた。「真の愛を持つ者が、その涙を受け止めること」


「真の愛?」


「そう。打算も偽りもない、純粋な愛。命を賭けても相手を守りたいと思う愛」ノアが二人を見つめた。「お前たちのような愛だ」


セツの顔が赤くなった。


「でも、僕はもう涙を流したくない」彼が小さく言った。「涙を流すたびに、悪いことが起こる」


「それは悲しみの涙だからだ」ノアが優しく微笑んだ。「だが、涙には他の種類もある」


「他の種類?」


「喜びの涙、希望の涙、愛の涙」ノアの声が温かくなった。「そうした涙は、世界を癒し、生命を育む力を持つ」


リリーはセツの手を強く握った。


「君が幸せな涙を流せるように、僕が守る」


「リリー...」


その時、ノアが厳粛な表情になった。


「だが、世界を救うには大きな犠牲が必要かもしれない」


---


「何をすればいいんですか?」リリーが尋ねた。


「竜族の『希望の涙』を、真の愛を持つ人間が受け止める」ノアが説明した。「それによって、世界の魔力バランスは完全に回復する」


「希望の涙...」セツが呟いた。


「だが、その儀式には危険が伴う」ノアの表情が曇った。「希望の涙は、悲しみの涙よりもはるかに強力な魔力を持つ。受け止める者は、その力に耐えられなければ」


「死んでしまう...」リリーが青ざめた。


「可能性はある」ノアが頷いた。「王家の血を引くお前でも、生き残る保証はない」


セツの顔が真っ青になった。


「だめ!」彼がリリーにしがみついた。「そんな危険なこと、させない!」


「でも、世界を救うには」


「世界なんてどうでもいい!」セツが叫んだ。「君を失うくらいなら、世界が滅んでもいい!」


その言葉に、リリーの胸が熱くなった。セツが自分のことをそれほど大切に思ってくれている。


「セツ」リリーがセツの顔を両手で包んだ。「僕も君を失いたくない。でも」


「でも?」


「君がいる世界を守りたいんだ」リリーの瞳が優しく輝いた。「君が幸せに生きられる世界を」


「リリー...」


「それに」リリーが微笑んだ。「僕には君がいる。君がいれば、どんな力にでも耐えられる」


ノアは二人のやりとりを見て、満足そうに頷いた。


「これこそが真の愛だ」


---


「わかった」セツが決意を固めた。「僕、頑張る」


「セツ...」


「君が危険な目に遭うなら、僕も一緒に危険を背負う」セツの瞳に強い光が宿った。「一人じゃできないことも、二人なら乗り越えられる」


「そうだね」リリーが微笑んだ。


二人は向き合って立った。ノアが儀式の準備を始める。


「では、始めよう」ノアが杖を空に向けた。「セツよ、今の気持ちを思い浮かべるのだ」


「今の気持ち?」


「リリーへの愛、未来への希望、生きる喜び」ノアの声が神秘的に響いた。「すべてを込めて、涙を流すのだ」


セツは目を閉じた。心の中に、リリーとの思い出が蘇る。


初めて出会った時の衝撃。少しずつ心を開いていく喜び。契約魔法で結ばれた時の感動。そして、今感じている深い愛。


「リリー」セツがリリーの名前を呼んだ。「君に出会えて、本当に良かった」


「僕もだよ」


「君がいてくれるから、僕は希望を持てる」セツの瞳から、美しい涙が溢れ始めた。「未来を信じられる」


その涙は、今までとは全く違っていた。悲しみや絶望の暗い色ではなく、虹のように美しく輝いている。


「希望の涙だ」ノアが息を呑んだ。「見事な希望の涙だ」


涙が頬を伝い落ちる。その一滴一滴が、宝石のように美しく光っている。


「リリー」セツが涙を流しながら微笑んだ。「僕の涙を、受け止めて」


---


「もちろん」


リリーはためらうことなく、セツの前に跪いた。


「君の涙も、君の痛みも、君の喜びも、すべて受け止める」


セツの涙がリリーの手の平に落ちた瞬間、眩い光が二人を包んだ。


強烈な魔力がリリーの体を駆け巡る。普通の人間なら一瞬で燃え尽きてしまうほどの力だった。


「リリー!」セツが心配した。


「大丈夫」リリーが苦しそうに笑った。「君がいるから、耐えられる」


光がさらに強くなる。だが不思議なことに、リリーは倒れなかった。セツとの愛の絆が、彼を支えているのだ。


「すごい」ノアが感嘆した。「愛の力が魔力を中和している」


やがて光が収まると、リリーの手の平には美しい水晶のような涙があった。それは温かく、優しく光っている。


「成功だ」ノアが微笑んだ。「希望の涙が生まれ、そして正しく受け止められた」


その瞬間、山全体が穏やかな光に包まれた。セツの涙の魔力が、完全に浄化されたのだ。


「これで世界の魔力バランスも回復する」ノアが満足そうに頷いた。「お前たちの愛が、世界を救ったのだ」


---


「やった...」セツが安堵の表情を浮かべた。「本当にやったのね」


「ああ」リリーがセツを抱きしめた。「君と一緒だから、できた」


二人の周りには、希望の涙から生まれた光の粒子が舞っている。まるで祝福するように、美しく輝いて。


「これで僕たちは、本当に世界を救ったの?」セツが不思議そうに尋ねた。


「そうだ」ノアが頷いた。「もう世界の均衡が崩れることはない。各地の異常現象も収まるだろう」


「良かった」セツが涙を流した。今度は安堵の涙だった。「もう誰も苦しまない」


「君のおかげだよ」リリーがセツの涙を拭った。「君が勇気を出してくれたから」


「僕一人じゃできなかった」セツが微笑んだ。「君がいてくれたから」


ノアはその光景を見て、深く満足していた。


「真の愛とは、こういうものだ」彼が呟いた。「互いを高め合い、支え合い、困難を乗り越える力」


やがてノアの姿が薄くなり始めた。


「僕の役目は終わった」彼が二人に向かって言った。「これからは、お前たち次第だ」


「ありがとうございました」リリーとセツが深く頭を下げた。


「幸せになるのだぞ」


ノアの最後の言葉と共に、光が消えた。


残されたのは、リリーとセツ、そして美しく輝く希望の涙だけだった。


「これからどうしようか?」セツが尋ねた。


「一緒にいられれば、どこでもいい」リリーが答えた。


「僕も同じ気持ち」


二人は手を取り合い、山を下りていった。新しい人生の始まりに向かって。


愛が世界を救い、二人に永遠の絆をもたらした。これは終わりではなく、本当の始まりだった。


---


**エピローグ「約束の未来」へ続く**


*希望の涙によって世界は救われ、真の愛の力が証明された。リリーとセツの愛は、すべての困難を乗り越え、永遠の絆となった。そして今、二人の新しい物語が始まろうとしている——*

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