第14話 新しい扉
ライブハウスの熱気がまだ空気に残っていた。
ステージを降りたばかりのヒロジは、汗で額にかかった髪をかき上げながら、仲間と笑い合っている。その笑顔は、スポットライトを浴びていた時の余韻をまとい、ひときわ眩しく見えた。
サチはドリンクを手に、少し離れた場所からその姿を見つめる。
「……かっこよかった」
思わず小さく漏らした声は、音楽と人のざわめきにすぐかき消された。
その時だった。
会場の入口がざわめき、一人の女性、七瀬 結衣(ななせ ゆい)が姿を現した。
光沢のある深紅のワンピース、上品に揺れるイヤリング。長い黒髪を後ろでまとめ、立ち姿だけで場を支配してしまう。周囲の視線が自然に吸い寄せられていくのが分かった。
「……あれって、某レーベル会長の娘さんじゃない?」
「本物だ……テレビで見たことある」
ざわめきは瞬く間に広がった。
彼女は人混みをすぬり抜け、迷いなくヒロジのもとへと歩み寄る。
「こんばんは。とても素敵なステージだったわ」
鈴のような声が響き、輪の空気が一気に張り詰める。
「あなたたちの音楽……きっと、もっと大きな場所で輝けるはず」
ヒロジは驚いたように瞬きをし、それから少し照れた笑みを浮かべて頭を下げた。
「……ありがとうございます。そんな風に言ってもらえるなんて」
サチの胸は、不意にちくりと痛んだ。
彼の夢に直結する言葉を、こんなにも自然に与えられる存在。
――私は、何をしてあげられるんだろう。
打ち上げの席。
テーブルの上には空になったグラスやピザの箱が雑然と並び、若者たちの笑い声が飛び交っている。その中心に、結衣は、いた。
「最近はどんな音楽を聴いてるの?」
「えっと……洋楽とか、少しずつ勉強してて」
「素敵ね。あなたの声なら、きっと世界にも届くわ」
ヒロジが真剣に耳を傾けている様子を、サチは横目で見つめる。
ヒロジが笑えば、自分も笑いたい。けれど、胸の奥では言葉にできないざわめきが広がっていく。
グラスを持つ手に、じんわりと力がこもった。
(私は……ヒロくんの夢のそばにいていいのかな)
笑顔を作ろうとするほど、心は沈んでいく。
夜は更けていくのに、サチの胸の奥の不安は、消えないまま静かに膨らんでいった。
〜love reborn〜 小森ちさと @dollygirl0629
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