白鞠童子
武江成緒
鞠の物語
満ちた月は煌々と、真珠のいろにかがやいて。
その光うけて
ちいさな鞠のひとつだけ。
―――
幼きころ、婆やが
――― 南の
天を刺すともいわれるあの高い岬の足許は、いつも轟々と
――― 年に一度は、玄天崎から身投げする者の話を聞くのは、あの海が人の
――― 人のたましいの明るい面を
父さまと母さまより授けられた骨肉を
――― 玄天崎から海へと落ちた者の身は、肉は
魂は
溟の底のまた底は、そうして海で命をおとした者どもの魄がつもり積もって、はるかな南の
初めてそれを聞かされたとき、わたくしはぞくり寒気をおぼえ、兄にすがりついたものです。
海の底の底、真昼の陽さえも届かず、魚すらもまっとうな
そこに堕ちて、永劫にただ、誰も目にすることのない黒いかがやきを投げかけるだけの無数の珠。
それはどんなにおぞましく、どんなに哀しい眺めでしょうか。
――― けれど、月のあかるい夜には、皓の濱が白くてらされる晩には、二人の童子があらわれて、海の底の底につもった魄のうち、ひとつを拾い上げるのだそうだ。
――― 皓の濱のふたり童子は、遠いむかしは海神のとうとい
――― 月のあかるい夜にだけ、
――― 哀しい聲はふかく澱んだ水をも
――― うち寄せる波より魄を手渡された童子らは、海底のなつかしき香をかぎとって、磨かれし水を思いだして、嬉しのあまり、月にむかって魄を投げ、砂を踏んでは魄と舞い、厳めしい旭光がふたたび
――― 月の光を照りかえし、黒い
あるいは、鞠としてあそぶ魄を“白”と呼びかえて。
浜のふたりの童子らを、
そう語ってくれた兄は、十五の冬にご自身が、玄天崎の溟へ消えました。
多くの者が嘆きながら、その
いずれにせよ、その傍らにはあの女がいたはずです。
人買いの手をまわり、はるか南、黒真珠の獲れる洋からきた女。
日ごろ南方より買いつける黒檀の材をおもわせる
ほんの物珍しさだけであの女の身柄を
自慢はばからぬ跡取り息子が、よもや異邦の異相の娘に燃えあがるなど夢にだも考えざりし浅慮をついて、のがれた二人が遺したものは。
皓の濱に打ちあげられた兄の刀の
いかな顛末に終わったか、知るすべはもはや無くとも、兄と女は黒真珠のまどろむ洋へと逃れられることはなく。
父は切歯慨嘆しておのれの浅はかさを悔やみ、舘の者ら、
わたくしもまた嘆きました。兄を
低頭する兄の願いを拒めずに、舘をのがれ、舟を持ちだす手伝いをしたことを。
人の用心が及びにくいからと言って、舟底にうすくひび割れが入り、
あとから振り返ってみれば、それはただの愚かさではなく、
そう、幼きころに兄より聞いたその通り、人のたましいの見えざる暗い面たる魄のおもてに浮かんだ執念が、幼子が
自責の念は日に日に大きく暗くなり、溟の底の淵にも思える闇陰となりてわたくしを圧しつぶし。
とうとう玄天崎のいただきへ、その足元に渦をまいて轟々と吠える溟の底へと誘ったのでした。
――― あぁ。
かつて兄から聞かされたとおり。
満ちた月は煌々と、真珠のいろにかがやいて、その光うけてて
そこに舞うのは、白と黒のふたりの童子。
禁を犯し、浜へと
童子らに弄ばれてともに踊るのは、
白と黒の童子のあいだに弄ばれ、清浄たる月のひかりに照らし出された鞠にやどるわたくしの
恥と
《了》
白鞠童子 武江成緒 @kamorun2018
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