例えるならば、「ラジオの周波数」のように。
幽霊が見えるかどうかは、「波長が合う」とか「周波数が合致する」などによるものがあるのではないか、という説があります。霊が発する波動と、生きている人間の精神。それらの波長が合う時に、霊の姿が感じ取れることがあると。
本作の主人公である芙美は友人の有希と二人で旅館に宿泊する。その途中からずっと不穏な気配が感じ取られ、やがて彼女ははっきりと「その気配の正体」を目の当たりにすることに。
霊と波長が合ってしまうとは、「霊となった当事者」と自分との間に「類似」があるということなのかもしれない。いわゆる「同類」とか「同病」とか。
そんな心の奥に抱える「性質」などが似ている場合、生者と死者が交わることがあるのではないか。
幽霊になると言うのは一種の悲劇。それと関わることにより、以後の自分の人生にはどのような変化が起こるか。「人の振り見て」と生き様を変えようと努力するか。それとも、引っ張られるように同じような道を進んでしまうか。
生きている人間も死んでいる人間も、「心の問題」を抱えているのは同じなのかもしれない。生きているか死んでいるかよりも「病んでいるかいないか」の方が重要なのかもしれない。
そんなことを考えさせられる一作でした。