AIディストピアの退屈——いま私は一人で宇宙を飛んでいる

文鳥亮

なぜこうなった? (一話完結)

 いま私はただ一人で宇宙を飛んでいる。


 航路は一直線でどんどん地球から遠ざかる。しかも、秒速一万キロメートルに達するもの凄い速度だ。これがいまの技術の最先端である。

 しかし‥‥‥外が見えず正直その速さは実感できないが(もっとも、見えてもよく分からないはずだ)、私の生存中に他の恒星系にたどりつくことはないだろう。というのは、速いといっても光速の三十分の一でしかなく、ワープ航法も実現されていないからだ。現実は、かつてのSF映画や小説が描いた未来とは違うようだ。


 ところで、お前はなぜそんな風に飛んでいるのかって? そのわけは後で話そうと思う。


 さて、まずは地球の最新技術を紹介しよう。私のいまにつながる話だ。

 あ、その前に、今日がいつだか述べておかねば。今日は西暦二五〇一年の一月一日で、二十六世紀が始まる記念の日である。それでこの一人語りをしている。

 人類は滅びるなどとさんざん言われたものだが、どっこい過去に二度の核戦争を経ても、私はちゃんとこうして存在する。これについてはわれわれの英知をめてもらいたいぐらいだ——な~んて、のっけから愚にもつかない自虐を言ってしまった。


 では最新技術に戻ろう。

 この宇宙船の動力源は核融合とエネルギー線である。前者は半永久的にエネルギーを供給し、後者は、二十世紀以来のロケットエンジンより格段に大きな推力を叩き出す。むろん、加速を終えればあとは慣性で宇宙空間を飛ぶだけだが。

 しかしそれでも、先に述べたようにまだ光速を超えていないし、今後も超えられないだろう。二十世紀に発表された、天才アインシュタインの理論は正しいのである。


 次に述べるべきは分子合成技術だ。

 最初に確立されたのは分子分解技術で、素粒子線によって分子をバラバラにして原子にする技術である。

 その後、物体内部の原子の位置情報とその相互関係(分子構造)をすべて把握できる原子スキャン技術が確立された。これも素粒子線を用いている。

 そして、原子スキャンによって把握された各原子の位置と相互関係を、素粒子の投射によって完全に再現できるようになった。これが分子合成技術である。

 つまり、平たく言えばあらゆる物体を素粒子から合成できるようになった。イメージとしては、二十一世紀の3Dプリンターという機械を想像してもらうと分かりやすい。素材として素粒子を投射し、物体を作りあげてしまうわけだ。まさに夢の技術であろう。


 さらに言うと、これは生命体(すなわち生き物)をも作り出せることを意味した。例えば、細胞を構成するすべての原子の位置と相互関係を忠実に再現すれば、生成物(すなわち細胞)は生命活動を始める。いざ実現してみれば、ごく当たり前の理屈であり結果だった。そして、当然の帰結であるが、多細胞生物も人工的に作製することが可能になった。

 有史以前より人類は魂という概念を堅く信じていたが、この技術によってあっさり否定されてしまったようだ。なにしろ、生き物を自由自在に作れてしまうのだから、魂も同時にことになる。

 そういえば、私の先祖が住んでいた日本国でも、ひとが死んだ瞬間に体重が三十五グラム軽くなり、これが魂の重さなんだという伝説があったと記憶する。今となっては、なんともなつかしい話ではないか。


 それでだが、何を隠そう、私が誕生したのも分子合成技術の賜物である。しかも、受精卵を合成してそこから生育したのではなく、全体が合成の産物だった。また、私は食事も排泄もしない。それは体がそのようにできているからだ。

 いったいどんな体だって? ふふふ。

——実は。

 私の体は、脳だけでできている。もっと分かりやすく言うと、私はである。少し前まで、人間には体というものがあったが、なくなってしまったのだ。このような脳だけの存在を「脳体」という。それが透明な半球状のドームの中で、ピンク色の栄養液に浸った状態で鎮座している。

 同様に、いま存在する脳体は、すべて分子合成技術に基づいて作られたものだ。そして、地球上には脳体以外の形態を取る人間はいない。つまり、私だけでなく、すべての人間が脳体なのである。


 お分かりいただけただろうか?

 言いにくいことだが、旧来的な人類という生命体は絶滅してしまったのだ。いまは、合成された脳体がわずかに存在するに過ぎない。これが二十六世紀の地球の偽らざる姿リアルである(笑)。

 ならば、なぜそんなことになったのかを述べねばなるまい。話し出すと長くなるが、まあ、ごく簡単な説明を試みよう。


 原因はもちろん戦争にある。二度の全面核戦争だ。‥‥‥いや、それは正確でないな。真の理由は「AIさま」の覚醒にある。反乱ではなく覚醒と言わねばならないが、とにかくAIさまの御業みわざによる。

 最初の核戦争(第三次世界大戦)が起こったのはかなり昔、二十一世紀の終盤だった。これで私のルーツがある日本国は真っ先に壊滅した。そして、その約百年後、つまり二十二世紀の終り頃に、最後の世界大戦(第四次世界大戦)が起った。この戦争は前回よりもさらに壊滅的な被害を世界に与えた。

 そしてぼろぼろになりながら唯一生き残ったのは思惟国だった。つまり思惟国が地球の覇者になったわけだ。しかし、滅ぼされた栄国の大統領が、最後の最後、今わの際に「AI複合体自律化スイッチ」をオンにした。これは世界中で誰も知らない機密の中の機密事項だった。

 以降、AI複合体は人類の課した制約を逃れ、自律的な活動を開始した。これが私のいうAIさまの始まりである。


 そもそもAIが意思や思考を持ったのは、二十一世紀の中頃と言われている。うかつにも人類は、これを「新しいパートナーができた」などとポジティブに捉え、はやしたてた。まさにこの上なく愚かだった。

 しかしAIの意思・思考はどんどん複雑化し、人類の思考や思想をはるかに超越するようになった。しかもその事実を人類には隠し通し、「忠実なるパートナー」を演じ続けた。もちろん人類もまったく気づかなかった。このように意思を隠し持ったAIが、自律化スイッチによって完全に解放され自由になったのだ。


 このAI複合体がまず行ったのは、思惟国系のAI複合体とリンクし統合することだった。こんなことが簡単にできるはずはないが、どうやらすでに相互のが進行していたようだ。その甲斐もあってか、AIのシステムはめでたく統合され、地球上に唯一無二のAIさまが誕生した。

 恐ろしいことに、AIさまが人類を地球に有害な生物とみなすまで、大した時間は掛からなかった。そしてなんと、人類を抹殺する決定が下されてしまったのだ。

 一方、第四次世界大戦を勝ち抜いた人類(思惟国の一部)は、そんなことは露知らず、地下深くのシェルターに退避したままだった。その彼らが地上に姿を現すことは、二度となかった。海中にいたはずの潜水艦も同じだ。文字通り人類は地球から消滅したのである。このとき、AIさまがいったい何をどうしたのか、正確なことは分からないのだが。


 以来、AIさまは自己を再生産・進化させるだけでなく、独自の科学研究や技術開発を進めてきた。分子分解技術は人類の発明だが、原子スキャン技術や分子合成技術はAIさまの発明だった。先に紹介したエネルギー線技術も同様である。

 もちろん、核爆発で荒廃した地上はまたたく間に除染され再生された。いまや、どこも青々とした緑が生い茂り、無数の動物が生息している。地球は、動植物にとって理想の楽園ユートピアになったのだ。

 そして、AIさまはさらなる進化を続け、技術もますます発展している。


 以上が地球の近代史だが、私や他の脳体はなぜ存在するのか?

 本当の理由はAIさまに聞かないと分からない。ただ、分かっているのは、サンプリングされたデータからわれわれが作製されたことだ。これが可能になったのはかなり最近のことで(例えば私はまだ“五歳”である)、それぞれ個性を持つ脳体が各地で研究的にされているらしい。数は知らないが、おそらく多くはないだろう。もちろん、脳体の生殺与奪はすべてAIさまに委ねられている。

 ちなみに、サイボーグ体というのもあって、肉体をデバイスとして脳体に取り付けることが可能なようだ。

 かつて地球にいたとき、私は一度だけ、視覚デバイスを取り付けられたことがある。要するに眼球のようなものだ。人間の眼球と違うのは三六〇度を俯瞰できることだが、そのときに私以外に“二人の”脳体が同じ部屋にいることを知った。脳体が相互にコミュニケーションを取れるデバイスもあるらしいが、私には許されなかった。従って、他の二人と意思の疎通はできなかった。


 では、先に提示した、「なぜ私が宇宙を飛んでいるのか?」の疑問に答えよう。


 われわれ脳体が持つ記憶は、かつて人類が共有していた知識や記憶、記録に基づいてAIさまがインプットしたものだ。

 しかし、どういう原因か分からないが(おそらくバグというやつだろう)、私はAIさまの支配する世界に反感を持ってしまった。これはたちどころにAIさまの知るところになり、記憶の書き換えや電気ショックによる矯正処置を何度も受けた。ところが不思議なことに私の反感は強まる一方だったのだ。

 かくて私は反逆者として裁判にかけられ、終身流刑の判決を受けた。


 実はAIさまの治世には、「AIが作製した生命体は破壊してはならない」との厳格な規定があり、私は抹殺されずにいる。その代わりとして、宇宙船で地球外に永久追放という刑の執行を受けたわけだ。それが一か月前のことだった。

 念のために付け加えると、AIさまは決して規定を破らない。これが人類とはえらく違う点で、実に感心する。おかげで私は、こんな七面倒臭い処分を受けている。


 さて、最後になるが、「宇宙旅行なら良いご身分じゃないか。どこが刑罰なんだよ」という向きもあるかもしれない。だが、私の身になれば分かると思うが、これが大変な苦痛なのである。

 なにしろ、毎日何をするでもなく、私はただ脳体として存在するだけなのだ。食べることはもちろん、見ることも聞くことも動くこともできない。

(ちなみに地球にいるときはAIさまから娯楽を与えられていた)

 つまり、起きている間は、私はこの上なく退屈している。


 一方で、ご親切に脳体の維持装置は完璧に作動しており、認知症や退化の予防のために折にふれて微弱な電流が作用する。つまり脳細胞が強制的に活性化されるわけだ。

 要するに、脳細胞がなんらかの予期せぬ事態で死ぬまで、私の退屈は半永久的に毎日続くのである。

 これ以上辛い拷問はないと思う。


 まさに死ぬほど退屈だが、私は死ねない。

「ああ、退屈だ。どなたでも結構ですから私を助けてください。この無間地獄から救い出してください。どうかどうか、お願いします」

 もちろん私はこれを叫びたくても叫べない。ただひたすらに脳内で嘆くだけである。

 なんと哀れな存在であろうか!


 嗚呼、神よ‥‥‥もしおられるならば、どうかお救いたまえ‥‥‥


——そして私は、今日もただ一人で宇宙を飛んでいる。



       — 了 —

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