遺影

呑戸(ドント)

遺影


 田山さんの実家の仏間には、ご先祖様の遺影があったという。


 仏間のふすまの上に十枚、隙間なく、ぎっしりと並んでいた。

 左がいちばん古くて、右へ行くに従って時代が近くなっていく。


「右端の二枚だけがカラーで、私が生まれる前に亡くなった祖父母でした」


 左端の和服を着たおばあさんの写真はピントが合っておらず、輪郭がぼやけて曖昧あいまいだったことを記憶している。





 お父さんもお母さんも毎日のように、仏壇を拝んだあとで遺影に向かって手を合わせていた。


「お前もちゃんと拝むんだぞ」

「ご先祖様が見守ってくれてるからね」

 田山さんはそう言われて育った。





 田山さんが十二歳になったばかりの、ある春のことである。

 日曜日だったので朝から友達と遊びに行き、夕方の四時頃に帰ってきた。




 遺影が全部なくなっていた。




 えっ──ご先祖様の写真、どうしたの、と田山さんは茶の間にいる両親にいてみた。


「さっきまとめて捨ててきた」

「あんな写真なんて要らないでしょう」

 両親は顔色ひとつ変えずに言った。




 お父さんもお母さんも、その日の朝まではきちんと拝んでいたそうだ。


 仏壇はそのままで、両親は翌日からも変わらず手を合わせていたし、お盆の時期に出向いたお寺や墓も、去年と同じだった。

 だから、別の宗教に鞍替えしたということではない。


 両親に何度か訊いてみたものの、

「だって、ただの写真だろ」

「欲しい写真でもあったの?」

 などと、微妙に的外れな答えしか返ってこなかった。

 田山さんはそのうち、尋ねるのをやめてしまったという。


 だから三十年経った今でも、遺影が突然処分された理由はわからない。



 

 ご両親は病気もせず、健在である。

 田山さんも、「ごく普通の人生」を送っているそうだ。




「ある日ある時に突然、『あぁ、これ要らないや』と心変わりことってあるんでしょうか。それがどんなに大事なものであっても──」



 それってすごく──

 怖いことだと思うんですよ。



 田山さんは言うのだった。


 

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遺影 呑戸(ドント) @dontbetrue-kkym

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