scene.4

「弟はいろんなジャンルの本を読んでいましたね。何を書きたかったのかは、まるでわかりません。原稿、プロットやメモ書き。とにかく手当たり次第、探し回りましたが見当たらなくて。創作活動をしていたのかさえもわからない」


 死後、散々探したが、何を伝え、何を書き、どんな物語を紡ぎたかったのか。全くわからなかった。


「早い時期から小説家を目指していたのであれば、何かしら物語を書いていたと思うんですがね」

「そう言われましてもね」


 コーヒーカップにスティックシュガーをもう一本追加した。スプーンでかちゃかちゃと音を立てて撹拌し、水紋をじっと見つめる。


「もしかしたら」

「もしかしたら?」

「もしかしたら、賢い弟は、自分で自分の死の謎を解いたかもしれませんね」


 ブラックジョークのつもりだった。ユーモアではなく、呆れて諦めてもらうための。


「それ、いいじゃないですか」

「えっ」

 顔をあげると、目の前の敏腕編集者の瞳が輝いていた。


「死んだ人間が、自分が死んだ謎を解く」

「いや、ジョークですよ。それに何番煎じです? そういうの」

「今の時代に、何の影響も受けていないものを発明するなんて難しいですよ。ミステリーなんて特に。新しいトリックや、物語自体に仕掛けを生み出すことの難易度が高くなっていく一方です。読者を欺くことにばかりに注力すると本筋が弱くなり、文章も説明的になって、面白みに欠けるストーリーになることもあります」

「おれにミステリーは書けませんよ」

「主人公が事件の謎を解いているつもりが、実は死んでいた。或いは、犯人だった。オチに使うにしては、今ではもう真新しさがない。死んでいる自覚があるうえで幽霊として謎を解く。読者には最後に主人公が死んでいることが明かされる」

「叙述トリックですか? そういう物語もありそうですね」

「はい。では、序盤で読者に主人公が死んでいると明かした上で、読者は主人公とともに謎を解く。主人公がすでに死んでいることを除けば王道なので、ミステリー初心者の朝比先生にとっても、書きやすいというメリットがあります」

「あの、榊さん。それって面白いですか?」

「朝比先生。今、求められているのは大どんでん返しではなく、テーマやコンセプトです。何を書きたいのか。読む人に何を伝えたいのか」

「そんなのいつの時代だって変わらないでしょう」

「そうですね。だからこそ、今の先生には、書く価値があるんじゃないでしょうか」

「書きたいことなんてないと言っているでしょう!」


 少し語気を荒げてしまった。しかし、目の前の男は全く動じることなく、鞄から一冊の書籍を取り出した。

 文庫版ではなくハードカバーの。


「先生の最新作です」

「見りゃわかります」

「この物語の主役は双子の兄弟ですよね。弟を死なせないために、兄が何度も繰り返しタイムリープする。二人の絆を主軸に書かれていますが、読者はずっと兄の目線で物語を辿る。主役は双子ですが、実質この物語の主人公は兄です」

「そうです。兄には行動力があるし、感情で動く人間だから、プレイヤーとしても動かしやすい。読者も感情移入しやすいでしょう。それに、性格が自分に近くて書きやすかった」

「『自分の知らないどこかの世界で、生きていてほしかった』。先生は死んだ弟さんが物語の中ではせめて生きていてほしくて、書いたんですよね。だったら、なぜ、双子の弟を、一番活躍できる主人公に配置しなかったんです?」

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春を迎えない青 ツキシタコウ @Koh_Tsukishita

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