終:君と共に、酒を酌みて
「
その瞬間、紫色の靄がふわりと広がる。
「はいはい、わかってるってば。だって、伝説の白澤様がどんなものか、ちょっと遠くから拝見したかっただけだし?」
そして、
「それにさ、堂々たる天下無双の白澤様が、五千年モノの老いぼれに助けられてんじゃねーよ、情けねぇなぁ?」
いつの間にか背後に現れた
「……え?
「はーいよ♪」
その瞬間、
「てめぇ……幻術最強のくせに、やっぱり知ってたんだな!?
「はあ? だってアンタ、あの日調子に乗って私に幻術かけ返してきたでしょ? 尻尾の毛むしったくせに~。そんなヤツに親切に教えてやる義理ある?」
「ほらほら、自分で自分に癒しの歌でも歌っとけっての。」
「ちょっと待て。今こっちは一人で師叔の術式支えてんだけど? お前ら、こんな状況でおままごとか始めるなよ!」
「えへへ。でもね、なんだか今、すっごく心強い気がするんだ!」
楚湛言はちらりと目線を逸らし、わずかに目尻を下げてから、
「はいはい……わかってるって。」
「
君の手が灰を払えば、我はその前に、業火を防がん。
百の妖が風を起こし、ひとり人の隅を護る。
誰ひとり信ぜぬとも、人を守る、それが我が義。」
ふしぎなことに、
それは
「無能な人間って、群れるのが好きって言うじゃない?まさか、無能な妖まで寄り集まるとはね!」
師叔が嗤いながら手をひらりと振ると、その背後に並ぶ御妖師たちが一斉に呪を唱え始めた。空中に符が次々と現れ、彼らを包囲するように舞い散っていく。
「師叔、
「——フッ。お前も分かってるだろう? この『姫様』が皇后陛下にとってどれだけ厄介な存在か。彼女が死ねば、それはお前……
師叔の笑い声が空に響いた。
その瞬間、すべての符から剣が姿を現し、一斉に
だが——
誰も、反撃の構えすら取らなかった。
蘅音もまた、目を閉じることなく、ただ静かにそこに立っていた。
まるで、この結末を最初から知っていたかのように。
そして。
無数の剣は、その体をすり抜けた。
痛みもなく、血もなく。
幻のように通り抜け、やがてゆっくりと地面へと落ちていった。
「……これが、師叔の『望んだ結末』じゃなかったのか?」
「見ての通りだ。
——いや、誰もだ。人も、妖も、誰ひとりとして傷つかない。」
その言葉に、師叔の表情が凍りつく。
一歩、また一歩と、無意識に後退っていた。
「……これ以上、誰も傷つけさせない。」
その瞳は、青い炎のように静かに、けれど揺るぎなく燃えていた。
「師叔。あなたの呪いも、御妖師の剣も、すべて——終わりにする。」
その瞬間、彼の背に銀白の翼が広がった。
空が、鳴った。
「これが、私の『知』だ。これが、師の『願い』だ。」
その手に握られたのは——柄のない、銀色の剣。
氷のように澄みきっていて、炎のように揺れている。
ただ、その存在は、冷たくて、圧倒的だった。
次の瞬間。
剣が振るわれる。
すべての符が、断ち割られた。
空間ごと、咒の構成が一瞬で崩壊する。
そして——
剣先が、師叔の顔すれすれまで届いた、その瞬間。
「お前を、今は殺さない。それも、私の『選択』だ。」
そう言って、彼はくるりと背を向ける。そして、振り返らずにもう一言、低く告げた。
「生き延びられるかどうかは……お前ら自身の『心の魔』が、どれほど深いかにかかってる。」
言い終えると、彼はそっと
その瞬間——
紫の靄と幻術の波が、ぶわっと街一帯に広がった。
だがすぐに、それは潮のように引き、やがてひとつの紫色の球体へと凝縮されていく。
「っとと、任せなって!」
その雄々しい虎の額で幻球をどん、と突き上げた。
空へと弾かれたその球を——
次の瞬間、すべての幻と靄が、風に溶けるように……きれいさっぱりと、消え去った。
「ええ?」
「……え? えええ?」
そして信じられない様子で
「これで……終わり?私、まだ出番なかったんだけど!?」
「本気で殺し合うつもりなんて、最初からないさ。それに、君をあいつらに渡すなんて……ありえないだろ?」
「なーに言ってんの!」
「出番がなかったぁ? だったら、今こそ出番でしょ?さぁ、私たちに最高の一杯を調えてちょうだい——秘蔵のやつ、全部ね!」
「ええっ……?」
「お嬢様、まさかこの街でまだ店を続ける気じゃねえだろうな?」
「行動バレバレだぞ? せっかくの
「えええ〜〜っ!?」
そこへ
「で、姫様。まさかとは思うけど……皇宮に戻る気、あるのか?」
「帰るわけないじゃん!」
「次は別の場所で、『酒館・蘅』をもう一度始めるの!
私は――自分の人生を、自分で決めて、自分で楽しむって、もう決めたんだから!
ーーーーーーーーー
「君と共に還らん」
千年風に
名もなく姿も定かならず。
ただ君の心に波が立つ。
孤にして冷たさを知る。
だがその
怯えず、拒まず、初めての願い。
もし人の世が拒もうとも、
我は橋とならん、君の道を。
善も悪も超えし上で、
ただ君を守らん、孤独も
主など求めぬままに、
ただ君と在るこの
妖として生まれし身でも、
君と共に、朝な夕なを歩まん。
酒を
君の手が灰を払えば、
我はその前に、業火を防がん。
百の妖が風を起こし、
ひとり人の隅を護る。
誰ひとり信ぜぬとも、
人を守る、それが我が義。
万の声が我を
君ひとり、我を識ればよし。
誉れも名も望みはせぬ、
ただ君の笑みの傍に在らん。
忘れぬでくれ、我が姿を。
人と妖、道は違えど——
心が通う、この
ーーーーーーーーーー
後書き:
『百妖百酒』第一部、これにてひとまず完結です。「酒館・蘅」の新たな物語が、またいつか、ここから始まる――そんな予感を残して。
正直に言うとね、『山海経』ベースの妖怪たちを整理するの、けっこう時間かかるんです~~この一ヶ月で全30話、さすがにちょっと疲れたので(笑)、しばらくお休みをいただいて、自分が本当に書きたい妖たちをもう一度見つめ直すつもりです。
なので、いったんこの作品は「完結」にしますが、まだ迷ってます。続きをこのリンクで更新するか、それとも第二部は別作品として立ち上げるか……うん、ちょっと考えさせてね。
もしこの物語を気に入ってくださった方がいたら、「フォロー解除」はしないでいただけると嬉しいです!第二部を書くときは、例えリンクが違っても、こちらの作品で更新通知をお届けするつもりなので。
そして、上に登場した
https://kakuyomu.jp/users/kuripumpkin/news/16818792436632860984
人でも、妖でも。
幸せで、美しく、自由な生を歩めますように。
縛られず、望むままに、生きられますように。
また、どこかで。
(追伸:前に書いた後書きも、正直ぜんぶ物語の一部だと思ってるんだけど……ちゃんとカウントしてみたら、後書きを抜きにしても、この小説、もう10万字を超えてたんです!だから、後書きもそのまま残すことにしました♪)
【第一部完結】百妖百酒、ただひとり酌むは音なり 栗パン @kuripumpkin
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