美酒で心緩ませる温かな妖たちとの出会い
宮殿を逃げ出したお転婆な元姫の蘅音と妖たちとの温かな出会いを描いたやさしい中華ファンタジーでした。
魅力は作中に登場する妖たちです。中国の古典『山海経』を基によく知るものから目新しいものまで、文末に丁寧な引用と解説付きで描かれています。古くから伝わってきた妖たちが物語の中で鮮やかに描写されており、本当に息をして身近にいるような魅力的な存在になっています。
そして、物語の要である「酒」。主人公が心を込めてつくるお酒によって妖の気持ちが解きほぐされ、彼らと真正面から向かい合うときの嬉しさや喜びがじんと読む側にも伝わってきました。
そして酒をつくる主人公・蘅音のひたむきさと一生懸命さにぶつかっていくと、読む側も酔ったように心が解きほぐされていく。そんな温かな中華ファンタジーでした。
<「讙ノ巻:一目三尾、聲ヲ百ニ裂ク 壱:聲を喰む妖、いま目覚める」を読んでのレビューです>
蘅音コウインという少女が、西苑禁林という異界のような空間で「声を喰む妖」と出会い、封じられていた旋律を解き放つ。文章は詳細な描写と静謐な心理描写が織り込まれ、宮廷の日常から霧深い森の異界へと読者を自然に導く。妖の存在や百の声の描写は幻想的で、静かに、しかし確実に物語の緊張感と神秘性を高めている。場面転換も滑らかで、落下や霧の描写、妖の姿の描写などが視覚的・聴覚的に印象的に描かれ、世界観の深さを実感させる。
個人的に印象的だったのは、「……次の瞬間——風が、止まった。閉じていた金の瞳が、ゆっくりと開く。まるで夜空に、満月が昇るように。」の場面である。長く封じられていた旋律が解き放たれる瞬間を、風の静止と瞳の開きで表現しており、少女と妖、そして世界全体が呼吸を合わせたかのような感覚を生む。この一文だけで、静謐と感動、そして神秘性が一度に伝わる巧みさに驚かされる。
読む際には、妖と少女のやり取りや、声の描写に注意を向け、静かに漂う森や霧の雰囲気を味わいながら楽しむと、物語の幻想的な世界観や、封じられた旋律が放たれる瞬間の感動をより深く感じられるだろう。静謐な描写のなかに、優しい情感と神秘的な緊張感が同居する一編である。
主人公・蘅音コウインは、人ならざる聲を聴くことができる少女。
その力ゆえに孤立しながらも、彼女の行動と想いが、封印された妖「讙カン」の心をほぐし、
やがて癒しの酒へと昇華されていく様が、丁寧かつ詩的に描かれます。
何より印象的だったのは、お酒が単なる嗜好品としてではなく、「願い」や「記憶」を媒介する神聖なものとして描かれていた点。
酒とは、誰かに飲ませたいと願った瞬間から、ただの液体ではなくなる——そんな信念が静かに物語全体に流れていました。
ファンタジーでありながら、言葉の選び方や文体には古典文学のような品格があります。
静かに、しかし深く心に響く上質なお酒のような一作です。