吉田健康法
脳幹 まこと
ついていけるか、このスピードに。
自他ともに認める流行オンチの俺にとって、友人・
今日もそうだ。
カフェのテラス席、隆はアイスコーヒーの氷をカランと鳴らしながら、やけに熱っぽく語りかけてきた。
「だからさ、お前も絶対ハマるって、吉田健康法! マジで日常変わるから!」
よしだけんこうほう。
その響きだけで、俺の脳内には胡散臭い笑顔のインストラクターと、謎の体操をする人々の映像が再生される。隆のことだ、またどこかのインフルエンサーが紹介していた最新のウェルネスメソッドか何かだろう。
まあ、確かに最近、肩も凝るし、夜更かしすると翌日に響く。隆は俺のそんな密かな悩みを察して、健康法を勧めてくれているに違いない。
「吉田健康法ねえ……。また新しいのが流行ってんだな。具体的にどんな感じなんだ? やっぱり体幹とか鍛える系?」
俺が尋ねると、隆は一瞬きょとんとしたが、「まあ、ある意味、心の体幹は鍛えられるかもな!」と得意げに頷いた。
心の体幹。ますますスピリチュアルな香りがしてきた。
「でさ、その吉田健康法の真髄とも言えるのが『ムレムレで草』っていうやつでさ……」
「ム、ムレムレで草ァ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。カフェの客が一斉にこちらを見る。
やめてほしい。
しかし、健康法の名称にしてはあまりにもアバンギャルドすぎないか?
ムレムレ……? 草……? まさか、ムッシムシのサウナか何かで薬草を使うとか、そういう……?
「あ、へえ、ムレムレ、ね。最近の健康法ってのはよくわからんな、うん」
俺の必死の問いに、隆はきょとんとした顔で答えた。
「え? いや、だからエッセイだって。本だよ、本」
「……本?」
まただ。このデジャヴ。俺の頭の中の「吉田健康法」は、あくまで実践的なメソッドのはずなのだが。
「お前……まさか、健康法だと思ってる? フォーだよ、フォー。よしだけんこうフォー」
「よしだけんこう…フォー…?」
その瞬間、俺の中でバラバラだった情報が、カチリと組み合わさった。
そうか!
吉田健康法の最新バージョンが『
流石にね、バージョン4.0ともなるとね、ムレムレで草なんていうキャッチーな名前で本まで出して、メソッドを広める段階にも来ているわけか!
健康もついに書籍で手に入れる時代になったわけね! ムレムレで草……さぞエキゾチックなやつなんだろうな。うん。
しかし、そんな俺の顔を見た隆は、「はあ~」と盛大なため息である。
「だ・か・ら! 俺が言ってんのは
吉田兼好……Ⅳ……だあ?
「『Ⅳ』って何だよ! フツー、作家の名前にナンバーとか付けないだろ!」
思わずツッコむと、隆は「いや、なんか知らんけど、ペンネームが吉田兼好の四代目的な意味らしいよ? 俺も詳しくは知らんけど」と肩をすくめた。いや、知らないんかい。
「それで、その吉田先生の作品がとやらが、ムレムレで草――」
「そう、ムレムレで草。日常の些細な出来事を、独特の切り口でユーモラスに描いててさ。読んだらジワジワくるんだよ。特に梅雨の時期とか、満員電車とか、そういう日常の『ムレムレ』感を『草』で笑い飛ばす感じが最高で」
しばらく呆然としている俺を置いて、隆は満足そうに続ける。
「まあ、いいや。とにかく、吉田兼好Ⅳはチェックしとけよ。でさ、ミセグリの新作の件なんだけど……」
隆はあっさり話題を変える。俺はまだ脳内の瓦礫処理が終わっていない。
「ミセグリ……?」
俺は脳内で組み上がっていた「吉田健康法バージョン4.0 ~ムレムレで草~」を必死に崩しながらも、何とかひねり出す。
「あ、ああ、うん、ミ、ミセス、グリーンアップルのこと、だろ? あのバンド、本当によく聞くよな」
渾身の力で流行に乗っかってみた俺に、隆は心底不思議そうな顔を向けた。
「え、ミセスグリーンアップル? あー、まあ、それもいいけどさ。俺が言ったのは『店にグリコ売ってる』の略だよ」
「……は?」
店にグリコ売ってる。
ミセグリ。
もう、何が何だか。俺はただ、冷めかけたコーヒーを飲み干すしかなかった。
俺の周りでは、今日も世界が勝手に流行り、勝手に略されているらしい。
まあ、それはそれで、俺の日常は今日も平和だ。
たぶん。
吉田健康法 脳幹 まこと @ReviveSoul
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