AIの発展は、高度な偽装、なりすましを可能にする。
ディープフェイクと名付けられたそれは、各国で問題視されている。
気に入らないあの人をポルノ映画に登場させることだってできるし、誰かの作品を99.9%を受け継いだ別物を「私が作りました」とすることもできる。
「本人」からすればとんだ迷惑になる。
本人を証明するために、様々な技術や知恵が開発された。多段階認証は必須になりつつあるし、その認証は自分の所有端末からでないと有効にならないようにもした。
あるイラストなどは、AIが読み込むと全く別物の変な作品になってしまうノイズを混ぜ込むようにした。
本人の座を守るためだ。
本人が本人であることは、アイデンティティと直結する。他の誰かが本人になられたら困る、というより恐ろしいのだ。
それは勿論、今までのリソースを無駄にされることへの怒りもある。だがそういうビジネス的な観点以前に、そうしたら自分は一体何だったのだ、というそもそもの問いを突きつけられることになる。
でも、その本人証明の必要性すらも、疑問視されるような風潮が生まれるかもしれない。
本当に私は私でなければいけないのか?