第八話 群れて、海辺

 海岸沿いの県道は俺たちの王国だった。

 エンジンの喧しい爆音はマーチ。蛇行しながら灯るテールランプは道標。

 勲章をぶら下げて行進する。

 すべて、俺たちのものだと。


 となりに並んだユウスケが爆音に負けないほどの大声で叫ぶ。それは勝利の雄叫びだった。


「おい見たかよケンジ、アイツらのパニクった顔! 竿丸出しケツ丸出しで転げ回ってたぞ!」

「ユウスケ、お前の撃ち込んだ特大花火、男のあそこに直撃してたぞ!!」


 俺もユウスケに負けないほどの大声で怒鳴り返す。

 塩気混じりの風が汗を吹き飛ばしていく。


 今の俺たちに敵う奴はいないと本気で思えた。キンキンに冷えたコーラを無性に飲みたい。

 前を走るトオルとマコトもそう思ったのか、県道沿いのコンビニ手前でサイドランプを光らせる。


 人気のない暗闇の中、そこだけは煌々と輝いていて、今この瞬間この世界に、俺たちしかいないように思えた。


 だがコンビニの駐車スペースには、車が一台、停まっていた。


 黒塗りのセダン。見覚えのあるナンバー。

 今までの高揚感が一瞬で吹き飛ぶ。

 惨めさと苛立ち。この世のすべてが憎らしく感じる焦燥。

 さっきまで楽しくて仕方がなかったことが、酷くくだらなく思えて来た。


「……チッ、嫌な奴に出くわした」


 バイクを停めながら思わず呟く。

 黒塗りのセダン。運転席の窓が音をたてて下がっていく。


「よぉ……お前ら。

 随分と、ご機嫌じゃねぇか」


 人を見下したニヤけ面。

 タバコを挟んだ手を腕ごと車体の外に出して声を掛けて来るのは、能登一家の金バッジ、角田。


「……どうもっス、角田サン」

「チーッス、角田サン!」


 メットを外し軽く頭を下げる。

 小さな俺の声をかき消すように、マコトが声を張り上げる。腰を直角に曲げ、頭を下げながら。

 トオルとユウスケがそれを見つめる。

 トオルは半笑いで、ユウスケは露骨に顔を顰めている。


「……おお。

 ……お前ら相変わらず、馬鹿やってんのか?」

「……っす」


 俺が小さく呟くと、角田の口角が更に上がる。何を考えているのか。

 ……どうでも良い。


「……ちょうどいい。

 誰かタバコ買ってきてくれ。

 ココアの奴な。釣りは要らねえから」


 そう言って、角田は懐から万札を取り出し無造作に放る。

 それは地べたに落ちるまでが、やけに長く感じた。


「…………」


 黙って、札を見つめる。

 トオルとユウスケも見つめている。

 だが、奴らが何を考えているのかは分からなかった。


 マコトだけが動いた。

 不思議と奴の考えは理解できた。


「スグに買ってきます!」


 札を拾い、コンビニに向かって駆け出すマコトを角田は笑いながら見ていた。


「……お前らの中で、奴が一番賢いな」


 誰も、何も言わない。

 10トントラックが、県道を揺らして通り過ぎる。


「……どうして、こんな所に?」


 トオルが口を開く。

 半笑い。だが、目は笑っていない。


「ああ、犬をな……」


 そこまで言って角田は口を噤む。

 そして、急に笑い出す。


「ハハハ、そうだ思い出した。

 お前らも覚えてるだろ、洞内って奴のことを」


「洞内……」


 ユウスケが呟く。眉間が更に釣り上がる。

 苦い物が胃から迫り上がる。

 奴に折られた肋が痛んだ。


「奴が、何なんスか」

「いや別に?

 ただ、奴も犬だが、お前らと違って群れはしなかったなと思ってな」


 俺の台詞に、角田はより笑みを深める。

 苛つく笑みだ。何より、奴の目が癇に障る。


「……群れてちゃ悪いんすか?」

「構わんさ。

 そうやって、一生馴れ合ってればいい」


 誰かが息を呑んだ。

 鉄臭い匂いが鼻に抜ける。

 目頭が熱い。だが、頭は冷えていく。


「……あんな奴、どうでもいいッスから」


 そう吐き捨てたのはユウスケだった。

 トオルはムッツリと黙り込んでいる。

 二人とも、角田を見ない。


 俺は、口を開いて閉じて、また開けた。

 何を言って良いのかも分からなかったが、何かを言わないと負ける気がした。


「角田サンはどうなんスか」

「……なに?」

「角田サンは、……犬じゃないんすか」


 喉がひりつき、言葉が掠れた。

 脂汗が首筋をつたう。

 恐怖はない。ただ、自分の本音が漏れる気がした。


 トオルとユウスケがこっちを見ていた。

 角田もじっと俺を見ていた。

 笑っている。ただそれは、表情を変えるのすら忘れているように見えた。


「……ああ、そうだな。

 お前の言うとおりだよ。

 俺も犬だ。それも、餌で飼いならされた……な」


 少ししてそう呟く角田。その顔には、今までと違う笑みが浮かんでいた。


「角田サン、タバコ買ってきたっス!」


 マコトの上滑りした声が響くと、その笑みも消える。


「おお、ありがとさん。

 ……まぁ、事故る前に帰れよ、お前らだって、自分がくたばった時泣く人間の一人くらいはいるだろうからな。

 ……少なくとも、仲間が死ねば哀しいだろ?」


 タバコを受け取り、窓を閉めながら呟く角田。その時にはもう、角田の目に俺たちは映っていなかった。


 ムカつく程に滑らかに滑り出したセダンが、あっという間に県道を遠ざかっていく。


 それを確かめた途端、身体の力が抜ける。膝が砕ける。

 それが、無性に頭にきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

仁義なき品位 ほらほら @HORAHORA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

ほらほら短編集

★3 現代ドラマ 連載中 15話