第七話 負け犬の巣
焼けたトタンがパチパチ音を立ててる。
仲間のコウスケがどこかで拾ってきたベースをやかましく鳴らして、みんなは汗だくで転がっている。
ガラスが割れた窓から、夕陽が土埃ごしに射し込んでいた。
逃げ場のないこの町の、逃げ場のない俺たちを、まるで嗤ってるみたいだった。
町外れの元は紡績工場の、社長が首を括ってからは帝流徒の巣。暑かろうが、ダサかろうが、結局俺たちはここに帰ってくる。
タバコの煙、暑さで気化したガソリン、あとはカビの匂いこそ居場所。
学校や事務室の清潔な匂いは、俺たちを殺す毒。
首を括って死んだ社長の亡霊と、行く宛のない俺たち。
一体何が違うんだ?
「……まぁ、どうでも良い事だけどな」
いきなりの独り言は、仲間にとって絶好の話題。俺たちはいつも何かのきっかけを探している。
「なんだよケンジ、頭でもやられたか。暑さでお前のエンジンもオーバーヒートか?」
「お前よりマシだよトオル。年がら年中猿みたいにマスかいて、イカ臭えんだよ」
バカみたいな会話。バカみたいな日常。
それでも、ここにしか空気がない。
「なぁ、どうでも良いけどよ。
昨日の夜、コウスケのバイク、変な音してなかったか?」
自分のバイクをいじっていたマコトが、手についた油をケツで拭きながらそう呟いた。
調子の外れたベースの音が止む。
ユウスケがしけた面を陰気に上げる。
「……なんだよ変な音って。
俺のマシンはいつだって、このベース捌きみたいに快調よ」
「なに言ってんだ、てめぇはコールも、ベース弾くのも下手くそなクセして」
トオルの茶化しはいつも投げやりだ。悪意はない、ただその台詞が自分にも返ってくると分かってるだけ。
どこまで行っても、俺たちは俺たちでしかない。
ユウスケが碌に音程も合わせられないのに弦を弄りながらこっちを向いた。
「おい、ケンジ。お前の姉ちゃん、今日家に居ねぇのか?
居るならこれからお前んち行こうぜ」
「……今夜は仕事だよ」
「良いよなぁ……ケンジの姉ちゃん。
なんていうか、こう……エロくてよぉ」
気の抜けた温い炭酸を呷りながら、マコトが続ける。……顔を顰めるくらいなら飲まなければ良いだろうに。
「……うるせぇ、何も知らねぇクセして。
黙ってろ」
「なんだよ、別に構わねぇだろ。シスコン拗らせてんじゃねぇよケンジ。
てめぇの姉ちゃんデリ嬢じゃねぇか。慣れてるだろ?」
トオルはダルそうに茶化しながら、また股間辺りを撫でている。
女の前ではキョドるクソ童貞のくせに、こういう場では人一倍吹かすサクランボだ。
「……そのイカ臭え手で俺に触ったらぶっ殺す」
「……あ? やんのかてめぇ」
トオルが立ち上がる。
俺もちびたタバコをもみ潰す。
マコトが缶を放り捨て、ユウスケは素知らぬ顔でベースを撫でる。
痛いのは好きじゃない。迫ってくる拳には未だに目を瞑る。
殴る感触も好きじゃない。固いのか柔らかいのか、殴り合ってるうちにそれすらあやふやになる。自分すら知んじられなくなる。
ただ、お互いの流れる血を感じる瞬間だけは、自分たちが生きていると信じられた。
傷つけ合うことで、俺たちは前に進んでいる。そんな空気に浸っていた。
姉貴に本気で盛ってる馬鹿どもだが、腹は立たない。好きにもなれないが。
諦めと、感謝と照れくささ。色んな感情が混ざって、無性に自分を傷つけたかった。
ーービィーン
「いてッ……ちくしょう、ベースの弦切れちまった」
間の抜けた音。俺とトオルは同時にユウスケを見る。奴は自分の親指をしゃぶっていた。
「……やる気失せた。
もう、どっか走りに行こうぜ」
トオルがそう言って肩を竦め、556のスプレー缶を無造作に床に置いたマコトが唐突に声を張り上げる。
「じゃあよ、ドンキでロケット花火たくさん買い込んで海行こうぜ。で、浜辺でいちゃつくアベックに撃ち込むんだよ」
「……馬鹿じゃねぇのマコト。
それにアベックって……お前歳いくつだよ」
弦の切れたベースを脇に置いたユウスケがズボンに付いた埃を払いながら立ち上がる。
だが、そのニヤけ面を見るに、止める気は更々なさそうだ。
「……そんなんだから、お前らは女に嫌われるんだよ」
そう呟きながらも、俺も止める気はなかった。
誰にも褒められなくても、見下されても、俺たちは今ここにいる。
誰かが小さく、鼻を鳴らした。
俺は黙って、下だけを見ていた。
自分の顔を奴らに見られたくなかった。
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