♯1【人ノ形ヲシタ地獄–Inferno Humanoid–】
出典【USA NEWS TODAY】
説明:USA NEWS TODAYはアメリカのネットニュースサイトです。本稿に記載する文章は、日本時間の9月12日午前8時にアップロードされた記事の一部を抜粋し、翻訳したものとなります。
≪大量殺人犯 ウィリアム・サンチェスの死刑執行≫
本日16時、フロリダ州立刑務所に収容されていた死刑囚、ウィリアム・サンチェスの死刑が執行された。
[中略]
サンチェスは、アメリカ東部全域で38人もの女性を誘拐、殺害した容疑で2013年10月15日、FBIによって逮捕され、その後の裁判で、9人の第一級殺人について有罪となり、死刑判決が言い渡された。
[中略]
死刑執行には、サンチェスによって殺害された事が確定している被害者の遺族のみが立ち合いを許された。
[中略]
ウィリアム・サンチェス、最期の言葉は
「名前を付けてはいけない。名前を付けさせてはいけない」
であった。
出典【Discord 某怪談サーバー】
説明:このサーバーは、“怪異の被害に遭われた方専用の
こうした仕様からか、稀に、このサーバーを“本物の自助会”と勘違いされる方がおり、そうした方が明らかに“作品ではないもの”を投稿される事があります。
これから御覧頂くのは、その一例です。
注意:本稿に記載する文章の中盤(♯2)には、読まれる方の精神衛生を
追記:投稿者であるシオリ様(仮名)は、ご自身を含む複数の個人を容易に特定出来る情報を書き込まれていた為、そういった箇所は全て修正、もしくは文章ごと削除致しました。尚、本稿に登場する全ての人物名には、こちらで仮名を
♯1
≪12年前の恐ろしい体験≫
皆さん、初めまして、シオリと言います。
私も怪異の被害者です。
このサーバーに来てから半年、皆さんの恐ろしい体験談の数々を拝読させて頂いて、戦々恐々としながらも、どこかホッとしている自分がいます。
私の他に、こんなにも大勢の人が怪異のせいで辛い経験をしているんだ、それでもみんな、もがきながらでも前を向いて生きているんだって、そう思ったら、なんだか勇気が湧いてきます。
私も頑張って乗り越えなきゃって、いつまでもあの日の記憶に囚われていてはダメだって、そう思えてきます。
皆さんが私に勇気や希望を与えてくれた様に、私も誰かに、少しでも勇気を与えられたらと、そう思ったので、私の体験も、ここに載せようと思います。
akanemonさんの文体が物凄く読み易くて惹かれたので、私なりに参考にしてと言うか、真似て書いてみたのですが、やはり、akanemonさんの様に、綺麗でまとまりのある、小説の様な文章を書くのはとても難しくて、読み苦しい部分が多々あるかと思いますが、ご容赦ください。
私が怪異の被害に遭ったのは22歳の時、2012年8月の事でした。
当時、私はAV女優をしていたのですが、この頃はデビューから既に三年程経ち、頂けるお仕事の数が目に見えて減って来ている、業界用語で言う処の“一周回った”時期に差し掛かり、かなり焦っていました。
多い時には月に五本から六本も頂けていたお仕事が、この時は良くても月に二本か、悪ければ二ヵ月に一本程度、それも、いわゆる“挿入”の無い、ギャラ単価の低い出演ばかりで、正直、このままでは生活が立ち行かなくなるという寸前まで、お金に困っている状況でした。
他の女優さんに比べて、私は明らかにNGプレイが多かったですし、特筆に値する様なビジュアルをしている訳でもありませんから、普通に考えて、AV女優としての寿命が来てしまったという、ただ、それだけの話なのですが、当時の私にとってそれは、とても受け入れ難い現実で、業界を去るという選択は、恐らく頭の片隅にすら無かったと思います。
[シオリ様はここで、AV女優を志すキッカケとなった出来事や、お仕事に対する
そんな時期に、マネージャーさんから、ある作品の話を聞かされました。
“禁断の降霊SEX”という笑えない冗談の様なタイトルの作品です。
これは、「出演される
しかも、その出演料が、非常に高額だと言うのです。
具体的に言えば800万。これは通常の単体作品出演料の十倍近い金額です。
先述した通り、この時私はとにかくお金に困っていましたから、出演料が800万と聞くや否や、目の色を変えて「オーデションはいつですか?」と、マネージャーさんに、そう訊いていました。
オーデション会場は六本木の一等地にある、[メーカーU]のオフィス・ビルで行われたのですが、その面接の内容がとにかく奇妙、と言うか、物凄く不気味で、――普通なら、チェックシートを記入してから、プロデューサーさんや監督さんに、こちらの好きなプレイやNGなプレイについてお話したり、出演するにあたって、制作側がこちらに何を求めているのかをしっかりお聞きして、その後に簡単な写真撮影をする、といった流れがあるのですが、この時、行われた面接は――、とある写真を見せられただけでした。
見せられたのは電車の車内を撮影した写真です。
10体近い、首の無いマネキンが電車のロングシートに座っている写真。
写真そのものも不気味ですが、もっと不気味なのは、その時された質問です。
「何が見えますか?」
その質問の意味、と言うか意図が全く分からなくて、思わず「え?マネキン以外にですか?」と訊き返してしまいました。
すると、プロデューサーさんや、その周りにいた人達の表情が一瞬で変わったんです。
その場にいる全員が、お互いの顔を見合わせ、明らかに動揺、困惑しているんです。
私は、何かマズイ事を言ってしまったんじゃないかと思って、居たたまれなくなりましたが、プロデューサーさんから、こう告げられました。
「こちらとしては是非ともシオリさんに出演して頂ければ、と思います」
「え、合格って事ですか?」
「はい、合格です。作品の概要等につきましては、後日改めて、監督の平山の方からお電話で説明させて頂くので、出演してくださるかどうかは、その際に検討して頂くという事で。ですので、今日はもうお帰り頂いて結構です」
「いや、え?あの、グラビア撮影は?」
「あー、大丈夫です」
「えっ、え?終わりですか?」
「はい。終わりです」
こんなに奇妙なオーデションは、本当に初めての経験で、“狐につままれた”を体現した様な表情で、私はビルを後にしました。
[シオリ様はここで、かつて参加された、おかしなオーデションを幾つか例に出し、今回のオーデションと比較されましたが、その情報の多くがシオリ様の出演作品特定に繋がる為、削除致しました]
翌日、監督の平山さんからお電話を頂き、作品の概要について説明されたのですが、何と言うか、その内容はこちらの想定を遥かに超えて、常軌を逸したものでした。
作品の詳細について長々と書いたら、ごちゃっとしてしまったので、箇条書きでまとめてみました。
・まず、本作は、いわゆるオーダーメイドAVで、前作を気に入った久石さんという方が多額の出資をしてくれたので、その方の為だけに制作する、という話を聞かされました。もう、この時点で相当おかしいです。こんな事、普通は有り得ません。オーダーメイドAVと言うのは、普通、購入者の方が希望した衣装を女優さんが着て、その方の名前を呼びながら一人エッチをする、といった内容の物が相場で、企画物のオーダーメイドAVなんて聞いた事がありません。
・そして、禁断の降霊SEX2には、台本が存在しないという話もされました。久石さんの要望で、ヤラセ無しのドキュメント映像を撮って欲しいと言われたそうです(私はてっきり、自分が未亡人“役”として出演するものとばかり思っていたのですが、本作には、“本物”の未亡人の方が出演します)。
・そして、メーカーさんがプロの霊能力者を雇って、演出としてではなく、実際に本当の降霊術を執り行う。
・撮影場所は■■県の■■■にある、霊能力者さんが所有する山荘で行われる。そこは霊的磁場?が強くて、降霊術に成功しやすい。
・今作は二部構成で、奥様に先立たれた男性の方も出演される。そして私は、その方の奥様の霊魂を身体に宿す為の“
何と言うか、もう、何もかも全部滅茶苦茶だし、完全にどうかしているので、この話を最初に聞いた時は流石に出演をお断りしたんです。
この時はまだ、霊やオカルトを信じていませんでしたけど、でも、信じてないとは言え、もし万が一、霊障や祟りがあったら怖いですし、それに何より、幽霊に身体を貸すなんて余りにも気持ちが悪過ぎるので、「申し訳無いのですが、出演の話は無かった事にしてください」って、ハッキリそう言ったんです。
でも、平山さんから、こう言われました。
「でもさぁシオリちゃん、こんな事言うのアレなんだけどさぁ、この仕事断るんなら、それなりの覚悟がいると思うよ」
「何ですかそれ?脅しですか?」と訊き返すと、監督は穏やかな口調で「違う違う、むしろ、その逆」と言って続けます。
「多分、この仕事を蹴ったら、君は後悔するんじゃないかって、心配してんのよ。シオリちゃんってほら、一周回っちゃった感じでしょ?中々お仕事貰えてないみたいじゃない。副業もしてないみたいだしさ、今お金に困ってるんでしょ?女優さんは美貌の維持にお金かかるから、結構しんどいでしょ。この作品に出てくれたら、当面の間はお金の心配しなくて良いし、それに、こう言っちゃアレだけど、俺なら、君に“もう一周”させてあげられるよ。それぐらいの影響力は持ってるからさ、色んなメーカーに君を売り込んであげるよ。どうかな。あ、そうだ、それに、安全面について何か心配してるんなら大丈夫だよ。こっちが用意した霊能力者は業界でも超有名な実力者だから、霊障とかの心配はマジでないからさ。それに、降霊術の成功率は五分五分らしくて、死んだ奥さんの霊魂が降りてこないパターンも全然あるみたいなのよ。その場合でもキッチリギャラは全額支払わせて貰うからさ、シオリちゃん頼むよ」
どうしてこの時、やっぱりお断りします、と言えなかったのか、12年が経った、今でも後悔しています。
撮影当日、朝一番でメーカーさんのオフィスビルに向かい、そこで契約書を書いてから(今でこそ法改正されたので撮影当日に契約書を書くなんて事は有り得ないみたいですが、当時は結構普通にありました)、ビルの裏手にある駐車場に向かいました。
駐車場には4台の大きな車が止められていて、そこで初めて、吉永さんに会いました。
30代後半の、とても清潔感のある背の高い方で、あの日は真っ白のシャツを着ていました。それと、さわやかな柑橘系の良い香りがしました。
吉永さんは今回出演される寡夫の方で、二年前に奥様を自動車事故で亡くされて、大学時代の先輩である平山さんから出演をオファーされたそうです。
普段は■■■■で■■■■■をされている、本当にとても立派な方です。
平山監督に吉永さんを紹介され、私は「初めましてー、[プロダクションM]所属のシオリと言います。本日はよろしくお願いいたします。あ、これ、ご確認ください」と、そう言って、性病検査表を渡しました。
AV業界では出演者同士で性病検査表を交換して、お互いに全項目が陰性である事を確認し合う、というのが、ある種の挨拶の様になっていて(そもそも、これをやらないと撮影出来ません)、当然、向こうも渡してくれると思っていたのですが、彼は私の検査表を気まずそうな表情で眺め、
「あー、あの、ご健康な様で、何よりです」
と言って、検査表を返してきただけでした。
余りにもトンチンカンな返答に思わず笑ってしまいましたが、笑いごとではありません。
検査をパス出来ていない方がいると撮影自体が延期になりますから。
「えっと、そちらの検査結果も見せて頂けますか?」
「あー……僕の、ですか?」
「はい。吉永さんも性病検査受けられましたよね?」
「あー……、人間ドッグはこの間受けたんですけど……」
「人間ドッグって。え、もしかして、性病検査受けられてないんですか?」
すると平山さんが「あのね、ヨッシーは奥さんが亡くなってから、他の女と一切寝て無いから大丈夫よ。そういうお店にも行った事が無いマジメ君だし。だから病気の心配とか全然無いから問題無し」と、そう言ってきました。
「いや、問題無い訳無いじゃないですか。私の事務所のガイドラインでは共演者の性病検査の陰性を」
「あー、はいはい。そういうの良いから。こういう事も“込み”の、あの出演料な訳だからさ。ね?頼むよシオリちゃん。お堅い事は言いっこ無しって事でさ」
この時はもう本当に呆れて、言葉が見つかりませんでした。
吉永さんは申し訳無さそうな表情で、「本当にすみません、何も知らなくて……。あの、でも本当に、そういう病気に罹った事は一度も無いので……あの、すみません……本当にすみません……」と何度も謝って来ました。
悪いのは吉永さんじゃなくて、事前に性病検査を受ける必要がある事を彼に伝えなかった平山さんだと思うんですけど。
撮影は、私と吉永さんが同じ車に乗る処からスタートしました。
■■■の山荘へ向かう道中、車内での私と吉永さんの会話を記録する為です。
吉永さんは、奥様について、色んな事を教えてくれました。
奥様の名前はユミさん。小学生時代からの幼馴染だったそうです。
吉永さんがクラスの男の子達にイジメられていると、いつも必ずユミさんが「ヨッシーをいじめるな!」って助けに来てくれて、休み時間に吉永さんがいつも一人ぼっちでいると「ヨッシーも一緒に遊ぼ!」と言って、お友達の輪に入れてくれて、教室で本を読んでいるといつも「何読んでるの?」って話しかけてくれて、バレンタインの日には毎年手作りのお菓子をくれて、吉永さんの小中学生時代の良い思い出は全部、ユミさんとの思い出だったそうです。
吉永さんは、ユミさんの事が、大好きで、大好きで、本当に大好きで、中学生になってから、年に三回、告白していたそうです。そして毎回、振られていたそうです。
二人は高校も同じだったのですが、卒業式の日にユミさんが「もしも10年後も、私の事、好きでいてくれたら、そしたら付き合ってあげる」と約束してくれたそうです。
そして吉永さんの想いは10年後も変わらず、ユミさんも、卒業式の時に交わした、あの日の約束を忘れてはいませんでした。
二人は28歳で交際を開始して、30歳の時に結婚しました。
初デートは横浜中華街、ハネムーンはイタリアに行ったそうです。
ユミさんのどこが好きでしたか?と訊いたら、吉永さん、もう止まらないんです。
満面の笑みを浮かべて、ユミさんの好きな処、素敵な処を、沢山、教えてくれました。
誰にでも凄く優しい処、笑った顔も、怒った顔も、悲しい時の顔も、どんな顔をしていても可愛い処、声も凄く好きで、歌も上手で、けどダンスは笑っちゃうぐらい下手っぴで、でも、自分では上手って思ってる処が可愛くて、お化粧してる時の後ろ姿も好きで、絵を描いている時の集中している姿も愛おしくて、おならをしても「私じゃない!」ってすぐバレる嘘を吐くところも可愛くて、わんちゃんが大好きだけど、怖いから触れない処も好きで、料理は苦手だけど、ユミさんの作るタコ焼きだけは絶品で、感受性が豊かで、テレビのCMを見てても泣いちゃたりする処が凄く素敵で、いつも寝る前に、おやすみなさいの代わりに「明日も一緒にいてね」って言う処も好きで、見つめていたら、見つめられた事に気付いて、「なに?」って微笑みを返してくれる処も好きで、彼女の匂いも好きで、手の形も好きで、目の色も好きで、彼女が口にする言葉も全て、本当にもう全部が好きで。全部が愛おしくて。
吉永さんの語ったユミさんへの想い。
12年が経った今でも、色褪せる事無く、その全てを鮮明に覚えています。
あんなに愛に満ち溢れた言葉、あんなに美しい言葉、忘れられるはずがありません。
吉永さんにとってユミさんは、世界の全てだったんです。
吉永さん、言ってました。
「僕は昔から、やりくり下手で、毎月貰えるお小遣いを、その日のうちに全部使っちゃう様な子供だったんです。だからきっと、“愛”もそうだったんじゃないかなって。多分、初めてユミちゃんに出会ったあの日に、僕が持ってる一生分の愛を、全部、ユミちゃんに使っちゃったんだと思います」
誰かから、こんなにも愛された事なんて、私は一度も経験した事が無いので、この時は、ただただ、ユミさんの事が、羨ましくて。
それから、こうも言ってました。
「ユミちゃんに、もう一度会えるのなら、例え一分でも、ユミちゃんともう一度話す事が出来るのなら、僕はなんだってやります。本当はこんな訳の分かんないAVになんか出たくないけど、でもユミちゃんに会えるなら、ユミちゃんにもう一度、『愛してる』って伝えられるなら……。シオリさん、今日は、僕の為に、大事なお身体をユミちゃんに貸してくださるという事で、本当に、本当にありがとうございます。本当に……本当に……」
吉永さんは泣きながら、何度も、何度も「ありがとうございます。ありがとうございます」と言って、頭を下げました。
降霊術が失敗したとしても、出演料は全額貰える。そう聞いていたので、今朝までは、どうか降霊術が失敗し、何事も起こりません様にと、そう願っていましたが、吉永さんの想いを聞いて、気付けば、どうか降霊術が成功し、ユミさんの魂が降りてきます様にと、心から、そう祈っていました。
それと同時に、私はこの時、どうして自分がAV女優になったのか、その意味の様な物を、理解出来た気がしたんです。
私は、吉永さんとユミさんを、再会させる為に、AV女優になったんじゃないかって、あの時は、本気でそう思えたんです。
■■■の山荘に着いたのは、午前11時頃でした。
そこは、山荘という言葉のイメージからは掛け離れた、かなりモダンなデザインのコンクリート製の建造物で、キューブハウス?って言うんでしょうか、横に細長い、長方形の豪邸でした。
美しい木漏れ日に彩られた森の真ん中で、強烈な違和感、と言うか、とてつもない場違い感を発していて、まるで、そういうコンセプトのシュールな絵画を見ている様な気分になりました。普通、山荘って、温かみのある木製のコテージみたいな感じだと思うんですけど。森の中に灰色のコンクリートの塊があるのは、なんだか本当に異物感が凄くて、かなり不気味でした。
建物の内観は、天井が高く、開放的で、壁全面が打ちっ放しのコンクリートなんですけど、様々な絵画やオブジェ、観葉植物が至る処に飾られていて、まるで都内のお洒落な美術館の様でした。
山荘に着いてから、お着換えをする様の部屋に通され、そこで今回出演される未亡人の長門さんという方と一緒に、ヘアメイクをして貰いました。
長門さんは20代後半の、凄くお綺麗な方で、一年前に旦那さんをご病気で亡くされたそうです。
長門さん、私のお仕事に興味を持ってくださって、色んな事を質問してくれました。
AV女優という仕事を、馬鹿にしたり、見下したり、露骨に嫌悪感を示してくる人も多い中で、長門さんは「本当に大変なお仕事ですね。シオリさん、まだお若いのに、プロ意識も高いし、真摯な姿勢でお仕事に向き合われていて、尊敬します」と言って下さいました。
少ししかお話出来なかったけど、長門さんも、本当に素敵な方でした。
メイクとヘアセットを終えて、用意されていた衣装に着替えたのですが、本当に心苦しかったです。
その衣装は、大花柄の白い、ミモレ丈のワンピースなのですが、これは、ユミさんが生前、凄く気に入っていたお洋服なんです。
依り代となる人が、故人の衣服を身に着けるのは、降霊術成功の絶対条件らしくて、これは吉永さんが、わざわざ用意してくださった物なんです。
ユミさんのワンピースを着た私を見て、吉永さん、泣いていました。
奥さんの大事なお洋服を、赤の他人が着ているの見て、複雑な気持ちになってしまったのか、それとも、私に、ユミさんの面影を見出して泣いていたのか、どちらかは解りません。
胸が張り裂けそうになる、という比喩表現がありますけど、あの時、初めてそれが比喩じゃないという事を知りました。
私を見つめ泣いている吉永さんを見て、本当に胸が張り裂けそうになったんです。
申し訳ない気持ちや、色んな後ろめたさが、私の内側から止めどなく溢れ出してきて、本当に、胸が、苦しくて、しんどくて、消えてしまいたいとすら思いました。
午後一時、撮影前、いよいよ最後の打ち合わせが始まりました。
監督、助監督、カメラマンさん二人、照明さん、音声さん、ヘアメイクさん、そのアシスタントの方、ADさん二人、出演者である男優の春谷さん、長門さん、吉永さん、そして私。
合計で14名、全員が、撮影場所である、リビングに集まりました。
リビングの天井には、丸い大きな天窓があって、そこから木漏れ日が差し込んで、部屋中が、その木漏れ日に包み込まれて、と言うか装飾されて、大きな掃き出し窓の向こうには、綺麗な小川が見えて、川のせせらぎと、鳥たちの鳴き声が聴こえて来て、なんだか、とっても幻想的な空間でした。
撮影の段取りとしては、まず、降霊術を執行⇒長門さんと旦那さんとの再会と営み撮影(2時間)⇒その後、夫婦水入らずで二人きりになれる時間を2時間ほど設け、それが終了したら男優さんの身体から旦那さんの霊魂を天国へ送り還す儀式を執行⇒二人の別れを撮影。
そして、それが終わったら、直ぐに、今度は私と吉永さんの番になり、同じ流れで撮影する、という事でした。
どうして、こんなせわしないスケジュールで、同日に撮影するのかと言うと、この日は年に一度の、現世と霊界との境界が最も曖昧になる日で、成功率が格段に上がるからだそうです。
段取りの確認を終えると、ここでようやく、この山荘の持ち主である霊能者の方が、現れました。
大河内さんという30代前半の男性の方で、カーキ色の長袖シャツに、下は黒いサルエルパンツ、宗教的に何か意味がありそうな沢山のアクセサリーを身に着けていて、見るからに“いかにも”な感じの方でした。
大河内さんは、私達全員に軽い自己紹介をした後、儀式の説明をし始めました。
「これから執り行う儀式は、現存する45種類の降霊術の中でも、最も成功率が高く、且つ、最も安全な『ダクダデイラ』と呼ばれるものです。ダクダデイラは山陰地方を発祥とし、その後、数世紀以上の時を掛け、数多くのマジナイ師達が、改良と改善を重ね、発展させ続けた、言うなれば究極の降霊術です。住む世界をたがえてしまった愛し合う二人を、現世にて今一度再会させる、本物の奇跡なのです。ダクダデイラを成功させる為には、皆さんの協力が必要不可欠です。どうか、これから説明する話を、良く聞いて、分からない事があれば、何でも質問してください」
最も成功率が高く、最も安全な降霊術。
再会の奇跡。
今、自分で書いていて、乾いた笑いが出てしまいました。
34年間生きて来た中で、ここまで悪質な嘘を私は他に知りません。
ダクダデイラは安全でも無ければ、ましてや、まかり間違っても奇跡などではありませんでした。
ダクダデイラは、
濁唾濔蓏 餅屋䖸(モチヤ アリ) @missmortuary
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