終・二人を分かつ暗闇
「爺さん、そろそろ行こう。地上の皆が心配だ」
「ああ……」
洋司は虎三郎の目を閉じてやり、「よっこら……」と立ち上がった。
が、虎三郎は瞼を開いた。
そして、ぶるぶると全身を震わせ始める。
アンデッド化が始まった。
その様子を見ていた洋司は言葉も出ないまま、俯いている。
「なあ……、悲しいのは分かるが」
田中三尉は、洋司の肩に手を置いて促した。
洋司は一度だけ頷いて、
「わしも、虎ちゃんも……五年前まで、こんなことになるなんて思ってはおらなんだ」
そうして、虎三郎から渡された44口径を両手で強く握った。
「これまでの人生で、人を撃ったことなんか一度だってない。誰も死なせることなく、綺麗な身のまま、あとはお迎えを待つのみ……そんなふうに思っていた」
「でも、彼はもう……人間では」
「分かっとるさ。なあ、虎ちゃん」
洋司は、目の前でアンデッドに成りかかっている友人の頭部に、狙いを定める。
いつの間にか、震えが止まっていた。
カチカチ、カチカチ……歯を打ち鳴らして、咀嚼衝動に駆られている。
「爺さん……ここで
「……分からんよ。だが今は進もう。暗闇の中を」
洋司は撃鉄を上げた。
「さよなら、虎ちゃん――」
暗い地下道に、一発の銃声が響く。
その後、二人はしばらく黙ったまま、ベイエリアの中心地を目指して暗闇を進んでいった。
そこに狂気の科学者がいるとは、この時は思いもよらなかった。
* * *
「二人とも、湯加減はどうだえ」
みつ子は薪を窯に入れて温度を調節しながら、子供たちの様子を見る。
桃香と真千子は仲良く、ドラム缶風呂に浸かっていた。
綺麗な星空の下の露天風呂だ。
「ばあば、ちょっとあつい!」
桃香が叫ぶ。
「私はぬるいー!」
真千子も同じ調子で答える。
「そうかい、二人合わせればちょうど良いってことだねぇ」
そう言って、二人の傍に腰を下ろした。
「ねえ、ばあば!このお野菜なんなの?」
桃香が、風呂の中に入っている細長く青い葉を掴んだ。
「私たち、煮込まれてるみたいっ!」
不思議がる子供たちを見て、みつ子は思わず笑いながら、
「それは野菜じゃなくてね、葉菖蒲っていう植物さ。こどもの日には、菖蒲湯に入るのが習わしでね」
「「しょーぶゆ?」」
「健康に育ちますようにってことだね」
「まただ!ケンコーだ!」
桃香と真千子はキャッキャッ!とお湯をかけ合ってはしゃぎ始めた。
みつ子は夜空を仰いだ。
星々がキラキラと、眩い光を放っている。
「文明が崩壊しちまって……数少ない良かったことは、空気が澄んでいるってことだねぇ」
(この歳でもう一度、こんなに綺麗な星空を眺めることができるなんてね。その前は爺さんとずいぶん昔に――)
みつ子は、洋司のことを思い浮かべた。
「本当に不思議なんだけど……あんたが死んだなんて、どうしても思えなくてね。爺さん」
「ばあば、おほしさまがきれい!」
「そうだね……でも、七月まで待ってごらん。もっと綺麗な夜空が見えるから」
* * *
『タナバタ・オブ・ザ・デッド!』へ続く……。
コドモノヒ・オブ・ザ・デッド! ファラドゥンガ @faraDunga4
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