最終章:静かに死んだのは

判決は、懲役十五年。


“未成年”という肩書が、彼を死刑からは遠ざけた。


裁判中、透はほとんど口を開かなかった。

弁護士が語る“情状酌量”の言葉にも、遺族の“怒りと悲しみ”にも、無表情でただ聞いていた。


メディアは、彼を“心の病を抱えた加害者”として報じた。

ニュースキャスターが神妙な顔で口にする。


「心の闇に、もっと早く気づけていれば――」


だが、透は思った。


「気づいていたはずだ。

誰も“見ようとしなかった”だけだろう?」


収監された施設は、静かだった。


薄暗いコンクリートの壁、鉄格子、冷たい空気。

でも透にとって、それは外の世界よりよほど“まし”だった。


誰も、笑わなかった。

誰も、視線を投げてこなかった。


“ここ”では、ようやく人間が人間でいられた。


ある日、面会に母親が来た。


彼女は泣いていた。震えながら、

「どうしてこんなことになったの……」と、繰り返した。


透は黙っていた。

それでも、ふと口が動いた。


「ねえ、母さん。

ぼく、ずっと――

生きてた気がしなかったんだよ」


「……でも、やっと、感じたんだ。

自分の意思で、世界を変えられるって」


「それが、どんな形であってもさ」


母親は、泣きながら席を立った。

背中を向けたまま、扉の向こうに消えていった。


夜、透は天井を見ていた。


あの頃と同じように。


だけど違うのは――

もう、自分が“何者なのか”を知っているということだった。


「正しさって、何だったんだろうな」


そう呟いて、目を閉じた。


自分がやったことが許されないと、理解はしている。

でも、“許される側”の人間たちは、

本当に罪を背負っていたのだろうか?


あの時、笑ったやつ。

見て見ぬふりをした教師。

無関心だった家族。


誰一人、責任を取らなかった。


ただ、彼一人が“裁かれた”。


その事実だけが、静かに透の中に残った。


数年後、彼の事件を題材にしたドキュメンタリーが放送された。

評論家が言った。


「この事件は、“現代の孤独”と“社会的無関心”が生んだ悲劇だ」


SNSでは賛否が分かれた。

「被害者が可哀想だ」「彼もまた被害者だ」

言葉が飛び交い、数日でトレンドは過ぎ去った。


そうしてまた、社会は“新しい話題”に飛びついていった。


そして、物語は静かに終わる。


彼のような存在は、きっとまたどこかで育っている。


今日も、“普通”という名の狂気が、誰かをすり減らしている。

そして誰かが静かに壊れていく音を――

誰も、聞こうとはしない。


**


――崩れる音がした。

それは、最初から止められたはずの音だった。

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『崩れる音がした』 ぼくしっち @duplantier

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