第6章:正義は選べなかった
翌日、駅前で“少年暴行事件”のニュースが流れていた。
中学生の男子が頭部を強打され、意識不明の重体。
犯人は不明。防犯カメラには後ろ姿だけが映っていた。
画面の下に流れるテロップには、ありふれた言葉が並ぶ。
「治安の悪化」「未成年の暴力」「家庭環境の影響」「無関心な社会」
透は画面を見つめながら、口の中で呟いた。
「そうだよ。おまえらのせいだよ」
•
学校では、誰も事件について話題にしなかった。
黒瀬のことも、今ではもう「なんか休んでるらしいね」で終わっている。
“誰かが何かをされた”という事実は、あっという間に上書きされていく。
「次のテスト範囲、めんどくさくね?」
「三者面談とかマジやだわ〜」
「進路、決めろって言われてもな〜」
そんな言葉が廊下に漂う中、透はただ無言で歩いた。
もう、彼の目には「人間」が映っていなかった。
そこにいるのは、“生きた構造”だった。
無自覚な加害。
無意識な侮蔑。
無関心という名の暴力。
それを“当たり前”と呼ぶこの世界。
それを、彼は「壊さなければいけないもの」として見ていた。
•
その日、透は学校の資料室から“あるもの”を持ち出した。
かつて防災訓練用に使われていた、古いガスボンベと噴霧器だった。
ネットで得た知識を元に、透はそれを簡易的な火炎放射器に改造した。
「バットでは、足りない。
人間を壊すには、もっと大きな火が要る。」
•
翌週の“体育祭前日”。
全校生徒が体育館に集まり、教師がマイクを持って進行していた。
透はその中に、ひっそりと紛れ込んでいた。
手には、コートの中に隠した“炎の武器”。
教師たちは檀上で楽しげに話していた。
生徒たちはダルそうに、それでも“空気”を読んで拍手していた。
それが、彼にとっての“世界の縮図”だった。
“なにも感じずに、笑っているやつら”。
“ルールだから従うやつら”。
“おかしいと思っても、黙るやつら”。
透の目が、燃えていた。
その目に映るのは、すべて“処分すべき対象”だった。
•
マイクの音が止まった。
瞬間、透が立ち上がった。
「うそつきどもが」
その一言と共に、噴霧レバーが握られた。
ゴオオオオオッッ――ッ!
火柱が上がった。
悲鳴。逃げ惑う生徒たち。
教師の怒号。破裂するガラス。焦げる匂い。
炎の中、透はただ一人、真っ直ぐに歩いていた。
「おまえらが、“普通”という名の暴力で殺した」
「俺は、それに名前をつけただけだ」
目の前の教師に、炎が浴びせられる。
服が燃える。悲鳴が響く。
透の顔は笑っていた。
それは、誰よりも純粋な正義の笑顔だった。
•
騒ぎの中、数人の生徒が彼に突っ込んできた。
殴られ、押し倒され、器具は吹き飛び、制圧される。
炎は止まり、静寂が戻る。
そして、彼は捕まった。
•
取り調べ室で、警官が尋ねた。
「なぜ、こんなことを?」
透は答えた。
「ずっと、“やられてた”だけです。
ただ、誰もそれを“犯罪”と認めなかっただけで」
「誰も、僕の心が死んでいくのを止めなかったから」
そう言って、透は静かに笑った。
•
彼が燃やしたものは、生徒数人の制服と、教師の腕。
そして、“世界の常識”という仮面だった。
誰かが言った。
「理解できない。どうして、こんなことを?」
でも、透は答えない。
理解なんて、最初から誰もする気がなかった。
•
そして、物語は最終章へ――
“誰が狂っていたのか?”
“誰が正しかったのか?”
読者の胸に問いを残しながら。
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