ごうごうと鳴る水の中で
ハナビシトモエ
駅前のロータリーのタクシー
「雨に降られてさ。もう大変だっての。タクシーもないから迎えに来てよ」
「え、何言ってんだ。タクシーが来ないんだってさ」
荒々しく切った携帯。小規模の新幹線駅にたどり着いたのは午後二十一時のことだった。タクシーどころか、駐車場には車の一つもない。いつもはこの無駄に広い駐車場には車がたくさん置いてあるのかもしれない。
駅前の売店はこの雨では開店している様子はなく、商売しても金になるまい。
駅構内で携帯を見ると大雨洪水警報だと。もしかしたらアイツも避難しているかもしれない。それなら悪いことをしたと思う。そう長いこと駅も開いていないだろう。
防水とはいえ、濡らしたくない荷物が多い。中には姪にやる着物も預かっている。弟のすぐに着させたいというわがままのせいだ。なおさら運送業者に運んでもらう方がいいはずだ。
弟は「生まれてから一回もプレゼントしたことないだろう。娘の評価アップ。大好きなおじちゃん」というが、ようはこの弟が僕に会いたいらしい。確かにずっと実家では息も詰まるだろう。
必死に探したタクシーはハイヤーと言う方が近いだろう。運転手は嫌に不機嫌だった。こちらの都合で呼んだタクシーにしろ、こうもっと何かサービスを。そう思っているとおもむろに運転手が話し出した。
「お客さんこの辺の人?」
「そうだ」
「何年ぶりかいね」
「もう五年になる」
「お客さんは……、この番号にかけてくれたら戻ってくるよ」
「ご親切に」
「五年になると新幹線も通るからね。時代は目まぐるしく変わると少し寂しいね。着いたよ」
僕はタクシーから降りて、散策をしてみた。下に見ゆる川はごうごうと流れ、この辺りに我が家があるだろう。
弟から新居を建てる荷物がたくさんだからと勝手は承知東京の家にわんさか送りつけられた。少し涼しくカナカナとひぐらしの鳴く音を聞いた気がした。
携帯が震えた。
「兄貴、どこにいるんだよ」
「え、あんだって?」
「今、駅、兄貴」
「タクシーで住所の」
「住所ってどこ」
「だから」
「どこに」
慌てて電話を切った。この辺りの住民は立ち退かずに反対運動をし尽くした。あぁ、確かに対岸に民家が見える。運転手は勘違いをして対岸と間違いをしたのだろう。
僕は運転手に電話をした。中々つながらない。
ショートメッセージがどこからか届いた。
「あとはどうぞ」
振り返ると新幹線の駅にいた。何か恐ろしい目に遭った気がする。
雨はごうごうと降っている。姪の着物をどうやって持って行こうか。
「おーい、兄貴」
弟のミニバンがロータリーに置かれていた。中には奧さんと姪が乗っていた。背後の駐車場には車がたくさん埋まっていた。バスもタクシーもたくさんだった。
「お前に電話したよな。川で」
「あ? 雨がキツイから迎えに来いって勝手に言って切ったくせに、こんな量いるなら要らなかったんじゃん」
なぜか僕は安堵した。
「どうやって帰ろうか。川は危ないしな」
僕は唐突にタクシーの事が気にかかった。ポケットの中にあったメモ、慌てて電話をかけようとした。
「ちょい、知らない電話にかけるなよ。なんだよ、それ」
「川まで連れてくれた運転手に無事を知らせないと」
「どこの川だよ」
「大きい川だ。ダム建設が取りやめになった」
しばらく無言だった車内。
「いくら無関心でもそりゃ無いぜ。ダムは五年前に出来て今もこの町を守っている。俺たちの小学校は無くなったけどな。試しにかけたらどうだ」
電話をすると葬儀会社から連絡が来て、断ると警察から電話が来た。
「困っているんですよ。歯型も分からないし、ひどく痛んでいるし、お願いします。受け取ってください」
僕は電話を切って、警察署と葬儀社の電話番号を着信拒否した。
「それでリフォームの時に預けた荷物。持って来たんだろ。七五三の着物」
ごうごうと鳴る水の中で ハナビシトモエ @sikasann
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