第30話【戦え論理学者】

「っ……あー、こんなことだったら、ルイも呼んで来るんだったな……」


 INTP・論理学者のアッシュがそう声を上げたのは、首都郊外にある山の中だった。鬱蒼とした森林の中に身を置く彼女の視界には、一体の巨大な怪物モンスターが存在している。


 数十メトラはありそうな巨大な体躯。この世界のあらゆる物質が及ばないであろう鋼の肉体。口元に覗く鋭い牙は、アッシュほどの体格のか弱い女性であれば、すぐにすり潰すことができるだろう。


「ふふふっ……すごく硬そうな鱗だね。何ドラゴンかな……、まあ、いいや」


 そんな化け物と退治しているアッシュは、どこか楽しげで余裕に溢れていた。


 ザァッと一陣の風が吹く。周囲の木々が震えるようにざわめき、アッシュの髪が、風になびく。紫色の美しい長髪が、風にさらわれ流れていく。もうどこかに行ってしまった眼鏡は、彼女の本来の美を強調する。透き通るような灰色の瞳は、夜闇の中では銀色にも見える。


 ニィ、と強気な笑みを零すその顔は、学者と言うには狩人のように殺伐とした……、いわば、マッドサイエンティストの顔である。


「これだから最強はやめられないよね。だって……」


 一閃。


 ドラゴンの首が、あらゆる力に抗うように、つっかえながら、落ちていく。その断面は、現在この世界に存在するあらゆる刃物で作る断面よりも美しく……。


「こんな強い敵を研究できるんだもん。私は、知るためにここまで強くなったんだ」


 その断面を振り返るアッシュもまた、同様に計算された知恵を兼ね備えた、美しき英雄の佇まいをしていた。



 ……そして。



「っ……!!」



 アッシュの背後、数十メトラ奥から、とても言語では形容できないような、低くつんざく轟音が聞こえた。ビリビリと空気を震わせながら迫ってくるそれは、アッシュの予想通りではあるものの、あまりにも――……大量だった。


 アッシュが振り返ると、そこには既に、眼前まで迫った攻撃がある。これは――……恐らくドラゴンのしっぽであろうか。アッシュは自身の考察力を全て捨て、本能的な反射で魔法を展開する。


「……ああ。数、多すぎだって」


 刹那、山のふともまで届くような、とても大きな咆哮が響いた。

  

 

♤♤♤



「……全く、アッシュはどこに行ったんだ……?」



 同刻。



 ため息が聞こえてきそうな台詞を口にしたのは、INTJ・建築家のルイだった。低くサラサラとした彼の低音ボイスには、深い疲労と疑問が含まれている。主な被災地の救助活動を終え、ようやく最後の1人を救出したというのに、ルイの脳は休まる暇がない。


(全く……急に居なくなって、一体どういうつもりなんだ。『ちょっと仮説を検証してくる』? 意味がわからない。仮説とは何の仮説なんだ)


 ルイは心の中で若干の悪態をつくと、隣に立つローザに視線を向けた。


「……ローザはどう思う」

「んー? アッシュがどこ行ったか?」

「いや、何を検証しに行ったかだ」


 ルイの視線に答えるように言葉を紡いだローザは、イマイチ事態を把握しきっていないようだ。どこかふんわりとした問いを逆に投げ、そのモデルのような美しい顔立ちには、純粋な疑問が浮かんでいる。


「何を検証しに……うーん、あんまり想像つかないけど、たぶんこの災害に関係あることだよね?」

「ああ。……というか、そうでなかったら、困る」

「アハハ、そうだよねー。うーん、何だろー?」


 ルイとローザ。真反対の性格を持つ2人の会話は、どう頑張っても発展しなかった。……いや、より正確に言うならば、発展させる情報が不足していたのだ。


(……情報が流石に少ない。あまりここで考えて答えが出るものでもないな……)


 ルイは客観的に情報を分析し、次の行動を考え始める。しかし、ルイのその行動パターンを遮るように、通話用水晶が鳴り響いた。水晶を覗き込んでみると、そこにはフレディという文字が浮かび上がっていた。


「……ああ。どうした、フレディ」

『あっ、ルイ? 急にごめんね! そっちもたぶん一段落した感じだよね?』

「ああ」


 通話に応じると同時に聞こえてきた優しげな声は、ENFJ・主人公の十六等星、フレディのものだった。明るく、しかし親しみのある声で状況確認を行うフレディは、それだけで彼の人柄の良さを伺わせる。


 ルイが質問に応じると、即座にフレディの明るい声で返答が返ってくる。


『そっか! 良かった! そっちも一段落したなら、休憩組と交代しようと思ってたんだ! ……戻って来れそう?』

「……了解。すぐに行く」


 通話水晶越しのフレディの声は、心なしか安堵したようだった。……ルイにとってはいつも通りの喋り方であったが、遅い時間まで続いた救助活動とフレディへの負担を考えれば、それは至極当然の帰結だった。


「……まあ、アッシュにも連絡を入れておくか」


 ルイは何の違和感も無くそう言うと、手にした連絡用水晶でアッシュに向けて魔力を送る。



『ただいま、通話に応答できません。発信音の後に……』

「…………ああ。最悪だ」



 ルイは淡々とそう言うと、過去の記憶を思い返した。事の発端。全ての始まり。……地獄の、敗北の始まりを。


 ――……フレディもノアも、魔力が届かない。アレンは水晶が壊れてるっぽい

 ……あ、殺され――。



 それは、ルイの中に克明に焼き付いた、最強の神との、恐怖の記憶。初めて、本気で仲間がピンチになり、そして、初めて殺されると思った日。


 最強の英雄として生きてきたが故に、全く知りえなかった、人間としての本能的な恐怖。


 ……アッシュが通話に応答しないというそれは、事象を確定するには弱い情報であったが、しかし、ルイの中の不安と危機感を煽る。


 たった1回の敗北から得た教訓は、実際には実行に値しないのかもしれない。もしかしたら、たまたまだった、そう言うのが正解かもしれない。


 ……しかし、彼らは十六等星。1度の敗北は死と同義であり、だからこそ……


「……ローザ。できるだけ早く……戦力を、連れてきてくれないか」

「えっ……? う、うん、わかったよ! 休憩組連れてくるね!!」

「ありがとう」


 彼らは、最適解を選び続けるのだ。



♤♤♤



「……あー、痛ったぁ…………骨折れたァ……」


 山奥。ルイが応援を依頼したと同じタイミングで、アッシュは苦悶の声を漏らしていた。右手の指先に走る鋭い痛み。全身を強く打ち付けたことによる、鈍い痛み。タイプの違う2種類の痛みが同時に襲い、アッシュは喘ぐような呼吸を漏らした。


「はぁ、聞いてないって……、こんな、数……」


 アッシュは息も絶え絶えにそう悪態をつくも、それで攻撃が止むはずもない。


 轟、と空気を引き裂くような音が響いたかと思えば、アッシュの眼前には再びあの巨体が迫る。しかも、1つではない。その数、5倍。


 常人であれば風圧だけで軽く死ねるような暴力が、アッシュの眼前数cmまで迫る。


(へえ、動きはすごく単純なんだね。身体の硬さが自慢なのかな)


 アッシュは呑気ともとれる分析を行いつつ、魔法陣を展開する。その間、僅か0.2秒。

 

「『衝撃雷電サンダ・メント』!」

「「「ガアアアアア!!」」」


 バチ、と黄金色に煌めく魔法陣から発せられた電気が、ドラゴンの身体を貫いていく。バチバチ、と数秒間発生したその超高圧の電気は、ドラゴンの反射神経を刺激し、そも巨体を大きく仰け反らせるに至る。


 十六等星最速の魔法起動は、ドラゴンの死の暴力すらも、寄せ付けなかったのだ。


「ふふっ、電気が苦手なんだね」


 アッシュはニヤリと笑いながらそう言うと、ズキズキと痛む右手に手を添えた。ミステリアスで強気なその笑みは、強者の風格を感じ取らせる。ぐしゃぐしゃになった紫の長髪は、乱雑だがどこかカッコイイ魅力を彼女に与える。


 アッシュはその気だるそうな声音に若干の狂気を灯し、5体のドラゴンに対し言葉を紡ぐ。


「余震のお陰で封印が解けたみたいだけど……ごめんね。君たちは十六等星が封印する。……ああ、それとも……」


 アッシュの狂気が全身を覆う。紫電を纏い、動きが加速する。


 刹那。


 およそ2体のドラゴン首が、ズルりと崩れ落ちていった。



「……それとも、ここで死んで……私の実験台になる?」


 INTP・論理学者のアッシュ。彼女の真の戦闘が、今幕を開ける――……。


 


ーーーーーーーーーーー



【お礼と謝罪と新作のお知らせ】


《お礼》

 最新話をご覧いただきありがとうございました。第2章の災害救助編も折り返し地点となりました。


 アッシュさんの戦闘シーンは、地味に本編初出しとなります。力を入れて描いていきますので、ぜひ楽しみにしていてください。


 ☆、♡、作品のフォローに応援コメント、本当にありがとうございます。


 次回も最高の物語をお届けできるよう努めて参ります。これからも応援よろしくお願いいたします。



《謝罪》


およそ20日間更新をせず、大変申し訳ございませんでした。


 私は現在カクヨムコン11に参戦しかなりバタついており、こんな事態を引き起こしてしまいました。


 平常時の(約)週1更新を続けられるよう努めてまいります。読者の皆様を不安にさせないよう、また最高の物語を完結まで導けるよう邁進していきます。


 この度は大変申し訳ございませんでした。



《新作のお知らせ》


 カクヨムコン11に参戦中の新作です。


 剣と魔法と性格診断〜敗北英雄の下克上〜の連載に加え、こちらも更新しております。


 前述の通り週1更新は続けて行けるよう全力で執筆しますので、もし気になる方がいらっしゃいましたらご覧ください。(デスゲームものですが、リンクはこちらには載せないでおきます)


 また新作は毎日更新ですので、「それなら剣と魔法と性格診断の方の更新頻度もあげてくれ!」などのご意見がございましたら、ぜひコメント欄に記入をお願いいたします。


 この作品の週1更新に慣れているだけなので、頻度を上げるのはたぶん……できるはず、です。頑張ります。


 長くなりましたが後書きは以上です。お読みいただきありがとうございました。




 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣と魔法と性格診断〜敗北英雄の下克上〜 宮瀬優樹 @Promise13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画