かわいそうな剣~剣視点で見る、勇者という災厄~

有音 凍

かわいそうな剣~剣視点で見る、勇者という災厄~

 むかしむかし、あるところに、鉄の剣がありました。


 ごくふつうの、どこにでもある、ちょっと古びた鉄の剣です。

 でも、その剣には、ひとつだけ、特別なことがありました。


 それは――「勇者」に拾われたこと。


 その勇者は、空の神さまに愛された、たいそうすごい力の持ち主でした。

 だけど、ちょっぴり困った人でもありました。


「家の奥に隠すは、即ち秘宝なり。然らば開くは道理ぞ」


 と、よそのおうちにズカズカ入って、たんすやつぼを勝手に開けたり、壊したり。


「魔なる者は、即ち討つべし。此の理、疑う余地なし」


 と、勇者は、魔物たちを森とか山や、近くの村や畑ごとまとめて焼き払ったり。


 ……勇者は、だいぶ頭があぶない人でした。


 そんな彼が、なぜか手にしていたのが――鉄の剣でした。


「此の剣こそ、我が運命の象徴なり。疑うなかれ」

――われ思うゆえに、運命の剣。異論は許さん。


 でも、剣のほうはこう思っていました。


(ちがうよ~。ぼくはただの、ふつうの剣だよ~!)



 ある日、勇者はお城の中のお墓をあさっていました。

 扉が開かないと見るや、剣をすきまに差し込んで――てこの原理でムギギギギ!


 ……ぽきん。


「力足らねば、道は開かぬ。剣もまた然り」


(勇者のばかぢから……いたいよぉ~シクシク)


 へし折れた剣は、涙をこぼしました。



 つぎの日、鍛冶屋さんにつれていかれて、勇者はこう言います。


「二度と折れぬように」


(また壊れたら許さないって……)


 剣は玉鋼をまぜられて、またもとの形にされました。


 そのあとも、森の中で魔獣をやっつけすぎて、また「ぽきん」。


「軟弱なるもの、折れて当然。是、世界の掟なり」


 鍛冶屋さんで今度はミスリルがまぜられました。


 またそのあとも、りゅうを怒らせて火をあびて、また「ぽっきり」。


「心、熱ければ金属もまた耐えうる。汝、修行が足らぬ」


 三たび鍛冶屋さんで、今度はオリハルコンを入れられて……


「これで竜の心臓すら断てよう。否、魂さえ逃すまい」


(……ぼく、いったい、なにでできてるの?)


 剣はさめざめと泣きました。



 さてさて、さいごのたたかい――魔王との対決です。


 燃えるような戦いのすえ、勇者は魔王をたおしました。


「また、折れておる……されど、この折れ、勝利の証なり!」


(また壊れたけど……折れたのに、褒められちゃった!)


 ちょっぴりうれしくなった剣が、ちょっぴり元気を取り戻した、その時でした。


 勇者は、魔王城のどこかから――なんとも怪しい金属のかけらを持ってきました。

 それは見るからにあやしく、ぜったい呪われてます。


「禍をも呑み込むが真の強者。これを鍛えに混ぜよ」


(そんなの混ぜないでぇ~もうやめて~!)


 剣は思いました。叫びたかったのです。


(ぼくはただの鉄の剣なんだよ~~!)


 でも、剣には、こころの声はあっても、声が出せません。


 だから、今日もまた、勇者の背中にささったまま――

 ひそかに、“のろいの剣”が涙をながすのです。


「呵々……強き剣とは、折れようとも呪われようとも立ち上がり、振るわれ続ける宿命を背負うものなり――それが剣の本懐と知れ!」


(なにをいってるかわかんないよぉ~!)


 ああ、かわいそうな剣……


  おしまい。

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