お星さまになっちゃうよ

由田 甲

お星さまになっちゃうよ

「きみ、星がすきかい?」


 うしろから急に声をかけられて、僕は心臓が止まりそうになった。

 ふり向いたら、見知らぬオジサンがいた。夜だし、つばの広い帽子のせいで顔はよく分からないけど、笑ってた。


「いつもここで星をみているね?」

 全身に鳥肌が立った。だって、その通りだったから。

 オジサンはニコニコしながら、僕が答えるのを待ってるみたい。

「……なんで知ってるの?」

 僕の足元で柴犬のハナコがうなってる、いつもおとなしいのに。

「そんなに、お星さまばかりみているとねえ――」

 夜空を見上げて、オジサンは楽しそうに言った。 


「お星さまになっちゃうよ」


 よく分からないけど、ヤバい!

 僕とハナコは全力ダッシュで逃げた。


  * * *


 僕はハナコの散歩をしながら、公園の丘で星を見るのが好きだった。星は青白くて、きれいで、不思議だ。天気が良ければ必ず見てた。

 あの光が、ぜんぶ太陽。どうやったら行けるのか調べてみたら、人間が乗った宇宙船とかじゃ無理っぽい。それくらい遠い。そんな空間に、地球はポツンと浮かんでる。そのさみしさを、孤独っていうんだと思う。

 青白い光をじっと見ていると、吸い込まれそうになる。たぶん正解は、自分が行くんじゃなくて、引っ張ってもらうんだ。星に願いをかけるんだよ、そんな風に思って、星を見てた。


 だけどあの日、オジサンが出た。

 何もされてないから親には言わなかった。そういう噂は聞いたことないから、妖怪でもないと思う。けど、ぜったい変な人だ。

 だから一週間くらい、散歩のルートを変えて、星を見るのもやめた。

 そしたらなんだか調子が悪い。

 毎日、星のことばかり考えてた。冬だから大三角形がきれいなはずだ、青白いシリウスが見たい。というか、シリウスに見てほしいのかもしれない、引っ張ってほしいんだ。シリウス星系に生命体はいるのかな。


 そんな感じで散歩してたら、うっかりして、ハナコを逃がしてしまった!

 僕は必死になって探した。

 どこをどう走ったか、公園の丘に来てしまって、

 そこに、

 オジサンがいた。ハナコも。


「ハナコちゃん、っていうんだねえ」

 オジサンとハナコは、同時に僕を見て、笑った。

「ハナコを返せよ!」

 僕は半泣きで叫んだ。

 オジサンが犬の背中をポンと叩くと、ハナコは尻尾をふってこっちへ来た。


「ハナコちゃんがおしえてくれたよ。きみ、お星さまになりたいんだね?」

「うるさい! デタラメ言うな!」

 するとオジサンのしゃべり方が、校長先生みたいに厳しくなった。


「よくないな。お月さまにしなさい」


 怖かった。僕はただハナコを抱きしめて震えた。


「お月さまにするなら、いいものをあげる。あすの夜、またここへおいで」

 あっち行け、あっち行け……僕は目をぎゅっとつむって、必死につぶやいていた。

 オジサンはいつの間にかいなくなってて、見上げた夜空にはたくさんの星が青白くまたたいていた、月の輝きに負けずに。星が僕を守ってくれたような気がした。


  * * *


 オジサンは怖い。でも僕は、『いいもの』が気になってしまった。ハナコと会話できるらしいから、もしかして魔法使いかもしれない、実在するのかもしれない……たしかめたいと思い始めていたんだ。

 次の夜、僕は決意を固めて、散歩に出発した。


「お月さまにするかい?」

「星じゃダメなの?」

 オジサンは首を振った。

「これから、来ていただく、のだよ。この鏡で」

 オジサンは布のかかった大きな板を、僕に差し出した。

「お月さまを映し、きみも映る。きょうは満月だ、完全な旅になるだろう」

 僕は鏡を受け取り、布を払って、煌々こうこうと照る満月を映した。

「きみもそこに映りこむ。そしてお月さまと見つめ合う」

 僕は鏡の角度を調整するふりをして、サッと向きを変えた。

 映ったのは、青白く輝く美しいシリウスと、僕。

「星になるぞ!」

 怪物のようにオジサンが吠えた。


 僕は笑った。


 星が、星が降ってくる。僕のあたまに、お星さまが


「星はこわいぞ、かえれないぞ!」

 僕のジャンパーを掴んだとき、オジサンの帽子が飛んだ。


 その顔は、月だった。無数のクレーターででこぼこの、月の裏側。


 ハナコが僕を見て笑った、黒い目にシリウスが光ってる。



 鏡の中で、僕は美しいシリウスと見つめ合った。



 僕は分かった。

 見てはいけないものが、目の中に入ってきた。おなかのソコをつかんでカラダを引っ張




(完)

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お星さまになっちゃうよ 由田 甲 @yuudakou

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