影踏み【KAC20254 あの夢を見たのは、これで9回目だった。】

にわ冬莉

記憶の向こう

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


「か~げふ~んだっ」

 声は確かにそう言った。小さな子供の声だ。


「影踏み……?」

 自分も小さいころ友達と遊んだ記憶がある。けれど、今は夜中。街灯の明かりに照らされ、影がないとは言わないが、どう考えてもこんな時間に子供が外で遊んでいるはずがない。


「幽霊に会ったことはない。だからいない」

 そう決めつけてしまうほど現実主義ではないが、いてもいいから一生会いたくないとは思っている。よって、今の声は幻聴であると判断を下す。


「影、踏んだってば!」

 声がするのはどうやら古い神社の方。鳥居はかろうじて残っているものの、経営難だったか跡継ぎ不在だったかで、随分前に廃業したと聞いた。草が生い茂った鬱蒼とした境内には、明かりなどない。勿論、あんなところに子供がいるとは考え難い。


「幻聴!」

 そうハッキリ口に出すと、走り出した。しかし次の瞬間……


「え?」


 五歩くらいだろうか。走った先は提灯がそこかしこに灯った境内。さっきまで真っ暗だったはずの場所は明るく照らされている。振り向くと、頭上には、鳥居。いつの間に潜ったのか。

「どうなってるんだ……?」

 戸惑う俺が見たのは、着物姿の女の子。


「ねぇ、踏んだよ?」

 言われ、何故か答える。

「じゃ、今度は僕が鬼だね」


 どうしてそんな言葉が出てきたのかわからない。けれど、その境内でのやり取りを俺は頭のどこかで覚えている。何だこの感覚。とても大切なことを、思い出せない。


「わーい! 鬼さんこちら~!」

 着物の少女が走り出す。その後ろ姿を、俺は追いかけた。境内の、奥へ。奥へ。


 胸騒ぎがする。

 この奥に、一体何があった? それはとても大切なこと。行ってはいけないと危険信号が点滅するが、行かなければわからない、なにか。


 少女の姿が見えなくなる。見渡すと、木の陰からこちらを見ていた。


「待て!」

 その先には!


 ……その先には?


 ある一線を越えたところで、思い出す。その先には、誰かが眠っている。見てはいけない。知ってはいけない。思い出してはいけない記憶。


「また来てね?」


 耳元で囁く少女の声を聞き、飛び起きる。


 俺が踏んだのは、俺が殺したあの子の死体。

 まだ誰にもバレてない、秘密の場所。

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影踏み【KAC20254 あの夢を見たのは、これで9回目だった。】 にわ冬莉 @niwa-touri

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