Episode 31 侵入者

【二十三年前、フェアヴァルト公国 滞在三日目】


「レイモンドおじさん、フウラさん!お昼に行きましょう」


 午前の試合が終わり、昼食を摂るために会場から観客がどっと出ていった。

 闘技場の外では、いつの間にか屋台が軒を連ねており、街を上げたお祭り状態だった。道路には様々な人種がひしめき合っており、今回の聖界会議サント・コンチリオと武闘会の注目度を感じた。


「さて、どこのご飯を食べようかしら」

「俺は肉が良いな」

「私は魚が良いです。この辺りは山から流れる清流で育った美味しい魚が出回っていますから」


 二人の真逆の注文に頭を悩ませていると、ある会話が耳に入ってきた。私達と反対方向に歩く二人組の会話だ。


「おい、タルナ。そろそろエテルネーゼ様のところへ戻ろうぜ」

「今日は武闘会がある日よ。相手の戦力をみる絶好の機会じゃない」


 私の背筋が凍った。エテルネーゼ、私はこの名前を持つ者を一人しか知らない。ばっと振り返ると話をしていた二人は人混みの中に消えてしまっていた。


「おい、どうした?お嬢ちゃん。そんな顔をして」


 私はレイモンドに「エテルネーゼって名前に心当たりはある?」と訊いた。レイモンドは少し間を置いた後、「あの魔人しか知らないな」と答えた。

フウラはきょとんとした表情で私に訊いてきた。


「マルタさん、いったい何の話をしているのですか」

「私達がサンサント王国で会った魔人のことよ。さっきすれ違った二人組が確かに彼女の名前を口にしていた」


 フウラはかなり慌てた様子で「つまり、魔人が聖界に侵入していると?」と云った。私はわからないと一言だけ答えた。一瞬だったということもあり、実際にあの二人組が魔人かは分からないのだ。たまたま、同じ名前の人がいたのが知れない。


「とにかく警戒するに越したことは無いわね」


 私がそう云った直後、例の二人組が向かった方向から「魔人だ!」という声が聞こえてきた。私達は人をかき分けながら、一目散に現場に向かった。現場に辿り着くと、三人の騎士が男女の二人組を囲んでいた。見た目から三人とも獣人の様だった。全員、武器を相手の喉元に向け、いつでも斬れる体勢だ。


「あのー魔人ってのはどういうことですかね?さすがに言いがかりが酷いような……」


 二人組の男の方が発言の撤回を要求したが、三人の緊張は緩まず、鋭い眼差しで剣の先端を喉元から外しはしなかった。


「ふん。我々は獣人。奇跡を使えずとも聖力と魔力の見分けは得意よ。貴様らは上手く誤魔化したつもりだろうが甘かったな」


 黒の大きな耳を持つ獣人の騎士が云った。魔人と思われる男は女の顔をみて「どうする?」と云いたげな表情をつくった。


「パルパトス、ここから扉まではどれくらい?」


 女は確かに扉と云った。これはもはや自らを魔人だと、扉を通って魔界から聖界に来たと云っているようなものだった。男は、走って一時間くらいかな、と答えた。


「分かった。では現地集合で」

「了解」


 次の瞬間、彼らを取り囲んでいた三人の騎士の首が飛び、魔人の男は姿を消した。気がついたら、私は剣を抜いて走り出していた。今度こそ殺す、エテルネーゼのように逃しはしないという復讐の感情が溢れ出たのだ。


「魔人!ここで殺してやる!」


 私の声を聞いて女の方が「あら、可愛いお嬢さん」と云いながら、落ち着いた様子で私に向かい合った。私が構わずに距離を詰めると、急に足元でばちゃっという音がした。立ち止まり下を見ると赤黒い泥が道路を満たしていたのだ。


「これは……まさか」


 女の魔人は「ちっ」と舌打ちをして横を見た。彼女の視線の方向に目を移すと、そこにはコルナ国の英雄、ミナ・リンネットが立っていた。表情を見るに、試合のダメージは残っていなさそうだった。


「貴方、魔人ね」

「ええ、だから何」


 リンネットは少し笑いながら答えた。


「いえ、だから何というわけでもないけど。こんな白昼堂々と……聖界も舐められたものね」


 リンネットが広げた掌をぎゅっと握った。すると魔人の動きが止まった。アスガルド卿との試合と同じだ。リンネットが魔人に杖を向け、黒炎の球を圧縮し始めた。


「意外と呆気ないものね」


彼女が放った黒炎は魔人にぶつかり、天に届くほどの炎の柱をつくった。しかし、リンネットは依然として鋭い目つきで炎の柱を見据えていた。


「こんなんで勝ったと思わないで欲しいわ」


 黒炎の中から魔人の彼女が出てきたのだ。私は驚きを隠せなかった。身体の動きを止められて、あの攻撃を受けて生きていられるはずがない。

 魔人の彼女は手の爪が伸びており、どうやらそれで黒炎を斬ったようだった。しかし、そもそも何故動けたのか、理解が出来なかった。


「何故動けるの」

「さあ、何故かしらね」

「貴方の名前は何」

「タルナよ。タルナ・ミラー。貴方はミナ・リンネットでしょ?同胞の間では有名よ」


 リンネットはそれ以上を語ろうとせずに杖をタルナに向けた。タルナが彼女に向かって一直線に走り出して距離を詰めようとしたのを見て、リンネットは血塗られし女神の絶望の世界クルエンタ・デスムンドを解除して、光の奇跡を放とうとした。

 しかし、それが判断ミスだった。奇跡を解除した瞬間、タルナの速度が急速に上がり、一瞬で彼女の腹部に腕を突き刺したのだ。


「英雄リンネット、あの奇跡を解除したのは悪手だったわね」

「な、何故……」

「何、簡単な事よ。あれは貴方が時間の『加速と減速』を自由に操る空間。過去の戦いで、貴方が無意識に、敵の動く速さから減速度を設定していることは分かっている。だから、貴方が私を見た時は違和感がない程度にゆっくり動き、奇跡を発動してからは魔法を使って速く動いてたってわけ。もちろん、貴方が奇跡を解除したら魔法込みの速さで私は動けるわ」


 タルナが腕を引き抜くと同時にリンネットは崩れ落ち、腹部からは大量の血が流れ出ていた。彼女はヒューヒューと息をするので精一杯だった。


燈火の千投槍ルクス・ミレピラム!!」


 私の後ろでフウラが焦りと怒りが混ざる声で奇跡を唱えた。タルナの周囲を炎の槍がドーム状に覆った。


「この奇跡は何処かで見たことがあるわね。確か、旧帝国を攻めた時に……」


 タルナが云い終わるのを待たずに千の炎の槍が彼女を襲った。私はその隙にリンネットに近寄り、回復の奇跡をかけた。私自身、奇跡はそこまで得意では無かった。しかしリンネットは自然から聖力エネルギーを集めることが出来るので、簡単な奇跡をかけてあげれば自然に回復効果を上げてくれると考えたのだ。

  実際に私の予想は当たっていた。リンネットの腹部からの出血が止まり、皮膚が徐々に傷を覆っていった。皮膚が傷全体を覆ったころ、フウラの攻撃が終わり、魔人が立っていた場所には土煙が舞い、地面には焦げ跡がついていた。


「くそっ!そこらの精霊風情が!」


 さすがの魔人も爪はボロボロ、顔の左半分は火傷でただれており、無傷では済まなかったようだった。今なら、私でも殺れる。この言葉が頭をよぎり、私は剣を抜いた。剣を肩に抱えて、彼女に斬り掛かったのだ。すると魔人はくすりと笑った。


「そんな踏み込み、剣じゃ届かないわよ」


 彼女はさっと私の斬撃を避けて、建物の屋根に跳び乗った。


「時間稼ぎはここまで。じゃまたね」


 そう言い残し、彼女は逃げて行った。周囲にいた衛兵達が慌ただしく散っていき、街全体が警戒状態となった。私が魔人の後を追おうとした時、後ろから自信に満ち、己が傲慢さを隠さない声がした。


「どうした娘。随分と殺気だっているではないか」


 精霊王、オズワルド・ファフテールがそこには立っていた。


―――――――――


【用語】

■フェアヴァルト公国

竜の棲む山脈の入口にある国。

聖界に存在する二〇の国から一人ずつ代表が選出され、統治している。

 基本的には聖界全体の管理を担っている国で、政治活動、インフラ整備が主な業務。故に国民の多くは技術者、職人、事務員である。


■聖界会議サント・コンチリオ

聖界の各国の王が集まり、魔界への対応、聖界内の政治について議論する場。


■グレグランドの十二騎士

騎士王に選ばれし、聖界を守護する十二人の騎士。

称号は先導、不侵、久遠、全知、沈黙、金製、全治、開明、閃撃、追究、謀略、紅蓮。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

精人たちは奇跡を起こすエネルギーを「聖力」と呼ぶが、他国では魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。

主に聖界、神界で使われ、「民の奇跡」「精霊の奇跡」「神の奇跡」という大きく三つに分類される。


■魔法

神、魔なる種族が起こす現象の総称。

エネルギー源は魔力と呼ばれ、世界に広く認識されている。純粋な人は魔力をつくる事ができないため、魔力を溜め込んだ道具、魔具を用いることで魔法を使える。

主に神界、魔界で使用される。


■魔術

主に人界の魔術師が使用する魔法のこと。

魔術師が使用出来る魔法の数は実際の魔法の種類より少ないが、技術的な研鑽を積むことで起こす現象を変化させ、様々な状況に対応できるようになっている。


■聖獣

神性を持つ獣の総称。

聖力を生み出せるため、奇跡を扱う種もいる。人間と聖獣の混血を獣人と呼ぶ。



【登場人物】

■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

三十九歳の女性で聖界最大の国、グレグランドの十一代目国王。この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。

何かの罪を悔いているが、その詳細は不明。


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

ルーンの森の泉の精霊アルセイアスが言うには、彼女の存在は想定外らしい。


■アル

セーラの幼馴染。

幼少期にセーラとは離ればなれになり、容姿もかなり変わっている。

セーラは警戒心を持っているようだが。


■レイモンド・ルーク

二十三歳の男性。青髪の長髪を後ろで結っている。

グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得がある。ルーカス・ルークという二歳上の兄がいる。

お酒好き。


■フウラ

王都の跡地、地下都市に住む「燈火あかりの精霊。

身長はマルタより頭半個分ほど高く、地面に届くほど長く伸びた茶色の髪を持つ女性。

その昔、王都が何かに襲われて滅んだ後、地下で逞しく生きる人々の姿に惚れ、地下都市を照らす役割を担っていた。


■アーサー・アスガルド

二十五歳の男性、閃撃の騎士。

黒の短髪をオールバックにしている。

態度から誤解されやすいが、困っている人を見過ごせず、面倒見が良いタイプ。

好きな武器は短剣だが、弓や斧も扱う。


■ミナ・リンネット

白の長髪と緑の瞳が特徴的な二十歳の女性。

魔界と聖界の境界付近の国、コルナ国の奇跡使いで護国の英雄と呼ばれている。

自然から聖力エネルギーを吸収する体質のため使用できるエネルギー量は実質無限であり、かの精霊王オズワルド・ファフテールをもはるかに超える量である。

一方で、奇跡使いとしては二番手に甘んじており、本人は気にしている。

アーサー・アスガルドとは何かしらの因縁があるようだ。




 


 


 

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銀髪騎士の英雄譚 四季香 @Kaor_Shiki

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