喫茶 MYAKU RAKU

ぽんぽん丸

プロポーズ

喫茶 MYAKU RAKUはまったりした空間。奥まった店内を走るカウンター、そこに掛ける人の背中に迫るようにテーブル席が配置されている。キッチンも通路も狭くてここが店舗として運営されていることが驚くほど狭い。それでも人気のお店なのは6色くらいの色ガラスでこしらえたランプのおかげかもしれない。木造の建物の構造が剥き出しで梁には観葉蔦植物が這っているからかも。知らない古い映画のポスターのおかげかも。チリコンカンとホットサンドの出会いは革命なのかもしれない。もちろんコーヒーの良い香りも充満している。穴場的な雰囲気も手伝って喫茶 MYAKU RAKUは少しのバズを果たした。


「MYAKU RAKUのチリコンカンホットサンドを食べてみたい」

と彼女は言った。だから私達は席についた。


日曜日のこの時間は彼女の今週のニュースを聞く。だいたいはX子さんがいかに職場で酷いことをしたかを聞いてから、その穴埋めをするようにぐう聖のA子さんがいかに気の利く良い人かを話してくれる。彼女が好きななんだか良くわからない本の帯に大きく書かれていたのだが陰と陽が喰らい合い世界は均衡を保っているそうだ。彼女の職場も陰と陽が喰らい合い日々回っているようだ。


私は日常の風景を聞き流しながらこのお店の名前でもある脈絡について考えていた。脈絡がない、とは言うが脈絡を肯定したことがなかったなと思った。そうだ、陰と陽がこの世界を保つのだから脈絡はいずれ崩壊してしまうかもしれない。ない、ない、ない、と陰を繰り返される度に脈絡はこの世に居場所を失くしてしまう。脈絡にはずっと変わらずに活躍してほしい。指輪を買ったはいいがずっとプロポーズできずにいる情けのない自分より、脈絡は活躍しているはずだ。本来、陰は私で脈絡は陽だ。であるなら自身の存続のためにも私は脈絡や代替えとして喫茶 MYAKU RAKUを肯定しないといけないと無価値な使命を見出した。そのためにまずはチリコンカンホットサンドが美味しかったらいいなと願う。


「アハハハ」


3歳くらいの小さな子供が私たちのテーブルの砂糖入れに無邪気に触れて興味関心を満たそうとする。”ここは今僕らの席であるし、また人のパーソナルスペースを詰めるのは罪だよ”私は脳内に適切な注意を浮かべながら飲み込んだ。私はえらい。


「触っちゃダメだよ~」


彼女は職場の陰と陽の話を中断して、小さな子供と同じ笑顔で優しさを言葉にした。それから彼女は店内を見回す。彼女は私の後ろを見た。私も遅れて見た。


私の背後の席に派手髪、手の甲にタトゥーの入った女性が不機嫌そうにスマホを注視していた。傍らのベビーカーにはもう1人お子さんがいるようで目線はくれずに片手だけで前後に揺らしている。ちょうど私達の席の方を向いて座っていたから私達はすぐに視線を戻した。彼女がおおげさに「お母さんどこかな?」と聞こえるように言ったのに母親は我関せずだった。知らない人に声をかけられて恥ずかしくなった子供は母親の席に駆けた。母親はスマホを注視したまま彼の頭をこずいた。


「子育ってってたいへんだから...」


テーブルをはさんで座る彼女は腰を持ち上げ顔を寄せて小声で私に言った。


コーヒーが席に運ばれてきた。注文を伝えると、狭い座席からメニュー表は下げられてしまったから正しくはわからないけど、南米にあるらしいラマヌジャンみたいな地名のところで採れたコーヒーは良い香りで私たちの気分は上向いた。彼女も職場の陰と陽の話を再開してA子さんのぐう聖の話に差し掛かったので、加えて気分がよくなった。


「Win-Winな提案です!ご投資頂ければ私達のビジネスは成功して世の中をよくして、大きな配当をお届けできます!」


陽の振りをした陰が、聞こえてきた。私は彼女の話を聞きながらも耳を傾けた。1か月に20%の配当が出ているそうだ。どんどんご投資頂く方が増えていてもうすぐ受付を締め切ってしまうかもしれない。学生にとって一口10万円は大金だとわかっているからこそ全身全霊をかけてしっかりと運用する。と言っていた。


「ポンジスキーム」


私は色ガラスの素敵なランプが砕け散るくらい大声で叫びたくなった、が小声にした。あのランプが割れたり、私と詐欺師達が揉めることは喫茶 MYAKU RAKUにとって良くない。話を聞く2人のどうやら学生らしい若者の博識に任せることが正しい大人の姿勢だ。しかし小さくでも発声したことに彼女は怪訝な表情を浮かべている。


「本当にWin-Winじゃないですか!」


1人の学生が詐欺師と同じノリで言ったから私はコーヒーを吹き出しそうになって咽た。彼女は小さい声で「もう」と言った。きっと彼女もわかっているのに。私は彼女に笑いかけてから彼女の背中の向こうの詐欺師の席を見た。


「えっ絶対儲かるってことやんな?」


もう1人の学生が言った。詐欺師は私に背を向け座っていたけど、学生はこっちを向いていて彼は"まるで幸運を手に入れた人"のように笑っていたから私はいよいよ声を漏らしてながら笑いを噛み殺すことになった。しまいに「これで俺らは勝ち組やな!」と大きな声で言ったから堪らなかった。


詐欺師は席でお会計を済ませた。投資の枠が埋まってしまうと申し訳ないから、いまからすぐに銀行に行きましょうと言った。会計は詐欺師がやはりクレジットカードでしていた。3人が退店する時、被害者の輝く笑顔と詐欺師と子分の学生のほくそ笑みを私はみた。陰と陽が噛み合っているから、残念ながら彼らは崩壊しないかもしれない。詐欺はこれからも永遠と続く気がした。


ちょうど彼らが出た頃に店員さんがチリコンカンホットサンドを2人分持ってきてくれた。「以上ですべてお揃いですか?」と通常の案内を済ませてから「すいません」と他の席に気付かれないくらい小さく言った。店員さんは陽だった。チリコンカンホットサンドも美味しかった。陽だった。陽だねと私は言いそうになったが「おいしいね」と断面を美しく撮ろうとしている彼女に言ってからお皿を回したり、ちょうど背景になるコーヒーカップの位置を調整して彼女が満足いくように手伝った。


私は"楽しいお店だな"と思って他のお客の様子を観察した。すぐそばのカウンター席に親子がいた。60歳くらいのお父さんと成人した女性。聞き耳を立てて、いよいよだった。


「それは宗教じゃないのか?」

「何度聞くの。そういうのじゃないってば。もうやめてよ」


娘さんは涙目で嫌がっていて私たちやお店の人に聞かれないように小声だった。でも聞き耳を立てた私には聞こえて、そう言っていた。それが宗教なのか、どうかまではわからなかった。だけど彼らが親子だと思った。


というのももう一組、親子のような年齢差だけど、決して親子ではなさそうな2人が奥のカウンターにいた。髪の淋しくなった男性と綺麗な女性だった。男性はファッションに関心のなさそうな目立たない地味な人で女性はコーヒーがなければこの狭い店舗のすべてを香水の香りで満たしてしまいそうなブランド品に身を包んだ女性。率直にこんな2人がどこで出会うのだろう。私は特に会話もなく硬い表情で喫茶店で食事をとっているという状況証拠だけでこの2人にもすっかり嫌疑をかけた。


喫茶 MYAKU RAKUの店内はすっかり陰だった。


私は店員さんがまた私たちに謝るだろうと思った。カウンターで難しいバリスタの機械の操作と、チリコンカンのためのホットサンドプレートを次々反している綺麗なヒゲの男性が旦那さんで、接客、配膳をされている女性が奥さんだと思う。30代前後の美男美女が2人で素敵なお店を出して繁盛したのにこんなカオスの舞台になることもあるのだから、むしろこちらが労いの言葉をかけたかった。


私たちは口数少なくゆっくり食事をした。


その間にバッグの中にある指輪のことを考えた。1か月半も持ち歩いてしまっている。私の歩行の摩擦でサイズが変っているかかもしれない。もう摩耗しきってすっかり金属粉に変わってしまっているかも。私はなんとなくバッグに手を伸ばして、衝動的に指輪のパカパカする箱を取り出した。お昼時を過ぎた店内を見渡すと他の客はもういなかった。


「あの、これ」


彼女に差し出した。


「開けてみて」


お皿だけになったチリコンカンホットサンドの食器と空のカップの上で私は婚約指輪を手渡した。


「結婚しよう」


彼女はパカっと開けた箱から私に視線を移してから「はい」と言った。良かった。私からは見えなかったのだけど指輪はまだ存在したようだ。それから色ガラスのランプなんかが映るように彼女の指の指輪の写真を撮った。


レジ前でお会計をしてもらった。


「あの、なんだか、」


奥さんはレシートを渡してから私達に言おうとした。私は申し訳ないなと思った。


「ありがとうございました」


私達は会計を済ませた客なのに奥さんがお礼を言ってなぜだか意表をつかれて目を丸くした。彼女もそうだ。


「あの、ご利用ももちろんですが、素敵な思い出の場所に選んでくださってありがとうございます。記念日や、そうでない日でもまたいらしてください。ぜひまた、きちんとおもてなしさせてください」


やはり奥さんは陽だった。きっとカウンターの向こうでバリスタの機械からシューと蒸気を出している旦那さんも陽だ。だって旦那さんの綺麗なヒゲはきっと毎日整えているのだろうし、奥さんも30代には見えるのに無用にメイクで覆い隠さなくても綺麗な肌をしているし、それにお店がこんなに陰に見舞われるのだから。


お店を出た2人は「またすぐ来ようね」と言い合った。ラマヌジャンみたいな名前の産地のコーヒーとチリコンカンホットサンドは他のどの食事より何度も2人で食べることになりそうだ。ラマヌジャンの本当の名前もそのうち覚えたいな。それから次に決めていた映画館に向かおうとしていた。だけどデッドプールをプロポーズの後すぐに見るのは違う気がした。ウルヴァリンもいたらセーフかなとバカなことを思ってから、私はこの後の予定の変更を話し合おうと、まずは浮かんだ言葉をそのまま言った。


「脈絡のあるプロポーズだったよね?」


「もう、何?変なこと聞かないでよ」


彼女は機嫌良さそうに答えた。歌っているみたいに感じて、私はその調子にノッて踊ってるみたいに歩こうとした。

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