骨が折れる限り

サトウ・レン

骨男がやってくる。

 私は長く勤めていた大学病院を辞め、現在は開業医として地方で働いている。


 田舎で病院自体がすくなく、選択肢が限られていることもあり、

「女性の先生ってすくないから安心する」

 と女性の患者からありがたがられることも多い。ただ女性だからと馬鹿にしているのか、嫌がらせのように接してくる男性患者もそれなりにいて、特に多いのが、分かりやすいほど横柄な態度を取ってくる手合いだ。ただこういうタイプは意外と楽だったりする。反撃すると、途端にしゅんとなる。厄介なのが、悪意のないタイプだ。そして好意を持たれたりすると、面倒くさい。『骨男』と私が心の中で呼んでいる男性患者がいる。彼はよく、「骨折した」と言って、私のクリニックを訪れる。二度目の骨折までは普通に診察していたのだが、さすがに三度目は怪しいと思った。


「ねぇ、なんでこんなに折れるの?」

「つい転んじゃって」

「三度も? もしかして誰かに?」

「違います、違います。ははは」


 本人に聞いても、ちゃんと答えてくれそうにないので、私は彼の母親に聞くことにした。彼の母親も、私のクリニックに通院している。最初は教えてくれなかったが、しつこく聞いてみると、彼の母親が答えてくれた。


「あの子、自分でわざと折ってるんです、自分の骨を。先生に会いたいらしくて」

 なんだそれ、と私は呆れてしまった。お前が自ら折ったその骨は、誰かが折りたくなかった骨なんだよ。医者を馬鹿にしているのか、まったく。私は彼を直接、問い詰めることにした。


「馬鹿みたいなことはやめなさい」

「じゃあ、先生が個人的に、毎日会ってくれるなら、折りません」

「嫌です。あと先生には彼氏がいます」

「僕は二番目でも構いません」

 と言って、引かなかった。まぁでも骨折は当然、痛い。何回かすればやめるだろう。だがそれからも、彼は骨を折っては、私のもとを訪ねてきた。


「痛くないの」

「痛いです。だけど先生に会えない時の心の痛みのほうが、ずっと痛くて。なので付き合ってください」

「だから、嫌です。本当に折れてくれないね。骨は簡単に折るのに。ねぇいつまでも、こんなこと続けるの」

「僕の骨が折れる限りは」

「怖いから」

「あるいは先生が折れてくれたら」

「はぁ、もう……仕方ない。分かりました。じゃあ、これから先生の近くにずっといてくれますか」

「折れてくれたんですね」

 と彼は喜んでいた。


 一ヶ月が経ち、行方不明になった彼を探しに来た、と警察がクリニックを訪ねてきた。知りません、と伝えると、残念そうに警察は帰っていった。


 私はクリニックの庭を見ながら、つぶやく。

「骨だけになったら、折りようもなくなるね」

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骨が折れる限り サトウ・レン @ryose

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