苦手

加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】

みんな、素直になろう。

「総理!」


 使えない秘書め、やっと来たか。

 もう、短針は『7』を指してしまっている……


「で、送迎の車はどこだ?」


 ん?

 なぜ地に伏せるのだ? 


「それが……手配を失念しておりました! 申し訳ございません!」


 なんだと? 

 で、土下座か。

 それで許されると思うのか、甘いな。


「馬鹿者が! もういい、自分の車で帰ることにする」

「じ、自分が運転します!」


 わかってないな。


阿呆アホウが! 誰がお前に億超えのハンドルを握らせるか!」

「も、申し訳ございません!」

「帰れ、顔も見たくないわ!」

「も……申し訳ございませんでした……」




 ***




 くそっ、こんな時に限って、車を手配し忘れるなど、あの秘書、本当に使えないやつだ。


 ん? 進みが悪いな……渋滞か?


(この先、事故により、渋滞中です。ルートを再検索します)


 くっ、しかも事故で渋滞ときたか。


(ルートを再設定しました)


 なぜこうも、面倒ごとは重なるのだ。

 



 ***




 本当に腹立たしい……


 ん?

 到着予定時刻が、ぜんぜん縮まっていない。


(七キロメートル先、Uターンです)


 は?

 何だと?


 まさか……


 渋滞で、ルートが変わっていたのか。

 カーナビめ、なぜ言わない?

 どいつもこいつも、使えない……


 \プルル プルル/


 ああ、F子だな。


 \ピッ/


「ちょっとあなた、遅いわよ。しょうちゃんが、パパが誕生日祝ってくれるまでケーキの蝋燭ろうそくにフーしないって言ってうるさいのよ。帰り、いつ頃になるの?」


 ああ。

 そんなことは、わかっている。 


「F子、実はだな……秘書のミスのせいで、出発が遅れてしまったんだ。だから言っておいてくれ、父さんは──」

「はいはい、ファーストレディも大変だこと! 総理の息子も大変だこと! そう言っておくわ」

「おいおい、そんな言い方ないだろう、こっちの事情も考えてくれないと──」


\プーッ プーッ プーッ/


 チッ…………。

 んなこと言われても……


「仕方ないじゃないかァー!!!ああああああアァッ? なんだ!! どうして車がこっちに逆走して!! ぐわっ、無理だ避けれない!! あぶなああああい!!!」




 ***




 ……。


 ……。


 暗い……


 ここは……


 どこだ?


 随分長い間眠っていたような気がするが……


 ん?


 部屋?


 ホテルの、部屋、か?


 ああそうだ、それほど広くはない、ホテルの部屋だ。


 待て、なぜ私はこんなとこにいるんだ?


 はっ、そうだ、車だ。

 私は一人で車に乗って、高速道路を走っていた。


 今、何時だ?


 ん!?

 腕時計が、ない。

 おかしい。

 私は、確かに秘書を待つ間、左の手首に巻いたそれを、こまめに確認していた。


 まさか……


 誘拐か?


 部屋の鍵は?



 くそっ、閉まっている。

 それに叩いた時の響きからして、相当分厚い。


 なら、窓はどうだ?

 そこにカーテンがあるな。



 ん!?!?

 カーテンはあるのに窓がない?


 まずいぞ……


 非常にまずい。

 

 \プチンッ/


 くっ、眩しい!

 何だ?


 ……ディスプレイか。


 って、お前は!!!

 

"Мы бы хотели, чтобы вы извинились за то, что внушали своим гражданам ложь о России".


 なんだ? 何を言っている?

 響きからして、それが何語であるかくらいはわかるが……

 私の守備範囲外だ。


"Мы бы хотели, чтобы вы извинились за то, что внушали своим гражданам ложь о России".


 くそっ、何と言っているんだ!?


「ミスター・プライム・ミニスター。まず初めに、少々手荒な真似をしてしまったことに関して、謝罪したい……Прошу принять мои глубочайшие извинения…」


 くっ、そんなのはいいから、早く説明をしろ……


「なっ、何だ! 何が目的だ!」

「残念ながらその質問には、現時点では、お答えできません」

「はぁ!? 意味がわからない! ちゃんと説明しろ!」

「私は、今までずっと、ちゃんと説明してきたつもりでしたが……」

「いったい、何のことだ!」

「説明してきたのに、わかってもらえなかった。そして、私があなたにそこにいてもらう理由は……『目的を果たすため』です」

「は!? ますますわけがわからん!」

「ちなみにですが、あなたの『目的を教えろ』という質問に私が答えられないのは、その目的自体が、ほとんど質問の回答になってしまうからです」

「何を言っている? なら今すぐに、その目的とやらを教えてくれたら、話が早いではないか!」

「残念ながら、そうはいきません。これは、大きな意味のある、大きな価値のある、クイズのようなものです」

「クイズだと? ふざけているのか?」

「ふざけてなどいません。真剣そのものです。実は、あなたの『目的を教えろ』という質問の回答は、あなた自身によって導き出されることによって、初めて意味を持ちます。私が回答を教えてしまっては、意味がないのです。それに、急ぐことはありません。その部屋には、大体のものがあります。食事は日本食が出ますし、お手洗いもシャワーもお風呂もあります。日光不足でビタミンなどが欠乏しないように、特殊な電磁波を飛ばしていますし。何も問題ありません」

「問題ない? 大アリだろう! 私が不在で……誰が日本の政治をやるのだ?」

「政治は、今、やっている最中です。これはれっきとした、大事な大事な外交です。外交も、あなたのおっしゃる政治に含まれるはずです」

「くっ……なら、この部屋にただひたすらこもって、答えとやらに、目的とやらに、辿り着けというのだな?」

「いえ、そういうわけではありません。そちらをご覧ください。テーブルの上です」

「そういえば、何だこれは? 似たような見た目の冊子が二つ……」

「では、お願いします……」

「は? お願いします? 何を言って──」


 \プチンッ/


 なっ!?

 消えた!?


「おい! 私と会話しろ! おいっ! おいっ! どうせ全て聞こえているんだろう! 答えないか!!!」


 ……。


 ……。


 くそっ。

 虚仮コケにしやがって……


 で、何だ。

 この二つの冊子が何かのヒントらしいが……


 これは……

 教科書?

 中学生か高校レベルだろうか、歴史の、教科書、だな?


 こっちもそうだ。

 世界史のことが、時系列順に書かれているぞ……


 同じ文言も見られるな。


 〈ワクヤダナ〉。


 いや待て、そっちの方は……


 〈ワクヤダナでの〉。


 そうか……


 なるほど、わかったぞ。


 クイズ、というのは、そういうことだな。


 様々な出来事に関して、二国間の認識には、差異がある。がうるさいからな。情報統制や印象操作でもしないと、上と上手くやっていけない。そしてこの二つの教科書、立場こそ異なるが……こっちの教科書、〈ワクヤダナ侵攻〉について書かれているのは77ページ目。そしてもう一方のこっち、〈ワクヤダナでの特別軍事作戦〉について書かれているのも77ページ目。他の歴史上の出来事に関しても同様だ。挿絵や、段落構成など、レイアウトも一緒だ。つまりこれは……間違い探しのようなものだ。だが、全部で126ページもある。これは骨が折れるな……。まぁ、奴が言うには、時間はかかっても問題ないようだから、しらみつぶしに、完璧にやって見せよう。一発でバチリと決める。漏れがないように、非の打ち所のないように……そこにちょうど、紙とペンがある。ご丁寧に、替えのインクも。ここには大体のものがある、というのは、どうやら本当らしい。よし、全て文言を書き留めていくのだ……




 ***




 なるほど、このページは『ポムポム』についてか。こっちの、77ページで〈ワクヤダナ侵攻〉としていた側には、「ポムポムは〈コダカ人〉である」としている。だがこっち、〈ワクヤダナでの特別軍事作戦〉としている側では……「ポムポムは〈コダカ人〉である」としている。


 よし、この調子だ。

 あともう少し……


 


 ***




 うむ。

 これで十分だろう。


「おい! 聞こえるか! お前の言う『目的』、そして『回答』とやらに必要な材料を、全て用意したぞ!」


 \プチンッ/


 ふっ、すぐに来た。

 ずっと聴いていたんだろうな。

 頭のいかれたやつだ。


「随分と、入念な準備をされたようですね」


 何を、偉そうに。


「もちろんだ。私を誰だと思っている?」

「では、ミスター・プライム・ミニスター。どうぞ、お話しください」

「まず、我が国で〈ワクヤダナ侵攻〉と称している事象についてだが……」




 ***




 なぜだ!


「残念ながら、それは、こちらが期待している回答ではありません。ではまた……」


 \プチンッ/


 違った!

 完璧なはずなのに!


 これで何回目の回答になる?


 何度も何度も言い回しを変えてみたが、もう、数えきれない回数、試している……


 なぜだ……


 どういうことだ……




 ***




「ほら! これでどうだあああああっ!!!」 


「……」


「おっ! いけたか??」


 \プチンッ/


「くそおおおおおおおお!!!!!!!なぜダァああああああああ!」


 なぜだ。

 なぜだなぜだなぜだ。

 なぜなんだ!!!!!


 わからない!

 わからないわからないわからないわからない!!!!!


 ああああああ!

 ああああああ!


 くそおおおお!!!

 こうなったらああああ!!!!


「大統領閣下! もう勘弁してください! 私にはもう無理です! うわああああああん! F子おおおおおおお! 息子よおおおおおお! パパはもうだめなんだあああああああ!!!! おしまいだ! おしまいだ! おしまいだ! あああああああ! 大統領閣下! 本当に、本当に、あぁあああああああ!!!」


 \プチンッ/


 はっ!


「ミスター・プライム・ミニスター。何が、『申し訳ごじゃいませんでした』、なのですか?」


 む!

 これはチャンスか?


「はいいいいい! 大統領閣下ああああああ! 日本国民に、嘘の情報を! 閣下と、閣下の治める国家と、閣下のもとにいる皆様が、悪者だ、などと、嘘の情報を! 日本国民に! 刷り込んで! 洗脳して! 嘘をついて! 申し訳じゃいませんでしたあああああああぁああ!!!!!!」


 土下座もしておく!!


「それが聞きたかったのです」


 ん!


「は、はぁ……閣下」


「やっとわかって、いただけましたか……」


「なんだ? どういうことだ? いや、失礼いたしました、どういうことなんでしょうか?」


"Мы бы хотели, чтобы вы извинились за то, что внушали своим гражданам ложь о России". 


 その音……

 聞き覚えがある。


「いったいそれはどういう……」


「私が最初にあなたにかけた言葉、それは、『我々ロシアに関する嘘を自国民に吹き込んだことについて、謝罪していただきたいです。』という意味でした」


 そうか。

 そういうことか。


 なんて簡単な、だが難しいことを、私は、なぜ、しなかったんだ。

 

 いいや、なぜ、してこなかったのだ。


 ああ。


 部屋の扉が開いている。


 私は、赦しを得たのか?


「ではどうぞ。空港までの車と、日本までの飛行機は、手配してありますゆえ──」


 \プチンッ/


 帰ったら……


 F子に……

 息子に……

 

 ごめんなさい


 そう言おう。


 それと、秘書とカーナビにも、謝っておくか……



 

 ***




 総理は教訓を得た。


 誤りを認め、は、大切である。


 世界中の人々が、その簡単で、だが最もとすること──ごめんなさい──の重要性に、いち早く気づきますように。


 そして、世界が平和でありますように……




   〈明るい未来へ続く〉

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苦手 加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】 @sousakukagakura

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