第五図 物語は読む人の情報を使う

 読む事は、並んだ文字を順番に解読する事。

 とはいえ、人が一度に読み取れる文字数は多くても20から50文字くらいではないかと思います。


 と言う事は、文字で書かれた物語の場合、20から50文字ほどの僅かな数の文字が持つ情報で、一つの行動や一場面といった、物語の世界の状況が表現されるのです。


 表現すると言っても、一つの文、一連なりの文字で表す内容は、一様ではありません。


 画像や音響表現。

 触覚、嗅覚や味覚といった感覚の記述。

 行動の書き出し。文化様式、慣習。

 思考や感情といった内面の心理描写。

 等々、書ききれません


 およそ、現実と空想の世界にある森羅万象から選ばれた数多の事柄。

 それを選び、一文あたり20から50文字くらいで表す?

 正気の沙汰とも思えません。


 しかも物語の進行する中で読み手に伝えるのは、そのとき提示するのが最も適した情報です。

 物語はそう書かれているはずです。

 あー。なぜか心が痛いですね。


 一文で、必要な情報が足りるとは思えません。

 そもそも、一文で世界を言い尽くすなんてできるはずがないのです。


 足りないまま書く。よくあります。

 スカスカな物語です。

 今日は、よく心が痛みますね。


 それではちゃんとした物語では、どう表現しているのか?

 のです。


 文字で記録できる情報が足りないのなら、読みこみ再生する人間に協力してもらう他ありません。

 そうです。を使うのです。


 人間は、物事に対してパターンを求めます。

 意図してか無意識かは、わかりません。

 似ているものや、同じ意味を一括ひとくくりりにして理解の助けにしようとします。


 小説家のインタビューとか〝そこは読者の想像にお任せします〟なんてスカした事を答えていますが(出典なし・偏見)



〝全編に渡って想像力にお任せしとるやろがいッ〟


 とか思います。極わずかに、ですけど。


 昔話など、巷に広く知られている物語ならば、何度も絵本なり童謡なり演劇なり、アニメーションなりでも表現されています。

 読む人が、それらを見聞きする機会も多い事でしょう。


 私、昔話の本を読むと、書かれてもいない当事者の姿までが浮かんだりもします。

 そういう病気ではないです。


 読む人が以前から知っている、物語に関わる文化的背景、文化的資本まで摘み上げて書かれている物語に似た物語の情報を足して物語の理解を促しているのです。


 第三図で語った、フラッシュストーリーを再び持ってきて取り上げます。これですね。


〝売ります 赤ん坊の靴 未使用〟


 この一文が物語としてが成り立つのは、その背景に読む人の知識があるからです。

 赤ん坊の靴を売るのはどんな場合か?

 それが未使用なのはなぜか?


 読む人は推察すいさつします。

 そして、そこに物語が生まれます。

 文面には書かれていない、だけど必要な情報を求めて、自分の記憶を探り、その中から足すのです。

 読むときには、その過程が自然と成り立つのです。

 本を読み慣れた人が、そうでない人より容易に本を読める理由の一つがこれです。たぶん。


 読む人は意識的か、無意識かに関わらず、いま自分が読んでいる話は、どういう物語なのか?

 内容を知ろうとします。

 話の似た話や関連する情報を重ねさせて、物語の理解を助けようとします。



 文字で書かれた物語は、それを受け取る者の読解力で文字という記号から情報を取り出されます。

 読み解いても物語として足りないものは、読んだ人の知識によりおぎないます。

 このつくろいにより、再生される物語の解像度や背景、道具立てなどが各個人で変化します。



 同じ物語でも、自分の中に再生させる物語の色彩や登場人物の姿形、喋り方表情。音の有る無しなどが異なっています。

 そのはずです。

 人はみな別の人生を送っているのですから。

 同じ物語を読んでも、読む人によりその細部は違う印象をもつ。

 これが文字で書かれた物語を読む事の特徴です。


 では物語をよりよく再生するためにはどうすれば良いでしょうか?


 映像作品ならば、再生機器やモニター機器の性能をあげれば解像度を上げられる。

 音響作品ならば、より良い音響機器で明瞭な音を受け取れるでしょう。


 しかし文字で書かれた物語では自分の読解力や、想像の能力をあげたり、知識を蓄える。

 自分が読む自分の中の物語を豊かにするには、そんな地道な方法しかありません。


 頭の中に連想や類型となる物語や、その物語の関連する事物の知識の分量を増やさないと、より豊かな物語は立ち上がりません。



 逆の見方をすれば。

 文字で出来た物語は不完全だから、発展性を持つのです。

 欠けているから、足せるのです。


 画像のない動画をどんな大画面より実感し、

 音響のない音楽をどんなスピーカーより体感する。


 物語に関連する情報の記録を豊富に持つ人は文字で書かれた物語に接するとき、どんな再生機器にも勝る豊かな世界を受け取る事になるでしょう。

 そこには個人のが再生されているのですから。





 では以上で〝物語分解図〟を閉じます。

 読んだ人は、フラッシュストーリーを元の所へ戻しておいてください。



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物語分解図 木山喬鳥 @0kiyama

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