第四図 誰も独りでは読み方を知りえない

 書かれた文章と人がいて、はじめて物語となる。私はそう書きました。


 恥ずかしい話ですが、私にとって外国語で書かれた文字がいくら並んでいても、それは記号の羅列られつなのです。

 それは私にとって、物語にはなりません。


 文字の意味を受取り、繋げられる人がいてはじめて物語となります。

 並んだ文字と読むことの出来る人は必ず一揃いなのです。

 その事を考えていて、気になった例を示します。


【例示】


〝無限の猿定理〟

 という思考実験があります。

 ざっくり説明すると。

 実現される見こみのない事も、膨大な時間をかけるとすれば実現され得るという事です。


 猿がデタラメにタイプライターを打つ。

 その行為を限りなく継続できたなら、生み出された文字列はシェイクスピアの作品さえ再現出来る。

 そういうものです。

 確率を論じる事柄としては正しい。

 だがたとえとしてシェイクスピア作品を使う事に違和感を覚えます。


 猿が打ったその文字列を誰がシェイクスピア作品だと判定するのでしょう?


 シェイクスピアの作品と猿の打った文とを参照し判定できる機械でしょうか?

 判定する用途の機械で実験の成否を判断するのなら、それならシェイクスピア作品でなくていい。

 定まった並びの大きな数。51番目のメルセンヌ素数とかで済みます。


 もともとの設問文の意図からすると〝シェイクスピア作品くらいですら、出来ると言う事だと思えます。


 だとしたら。そこには猿だけでなく人が必要です。

 英語で物語の価値を理解できる人がいなくてはならないのです。

 このエッセイでは文字を読んで意味を理解できる人がいなくては、物語は再生できないと述べたのだから。

 物語として認められないのなら、判定は物語である意味がない。

 求められた文字列を正しく打ったというだけです。



 ここから文字と人の関係についてさらに考えます。

 何で考えなければならないのかの理由はわからないですが。

 ここで止めて〝オデとイヌ〟の話をするわけにはいかないのですよ。



 物語は本の紙面ではなく、読んだ人の中に生まれる。

 そう書きました。

 読む事は記号を解読する事です。

 そうも書きました。


 ところで皆さんは、いつから文字を読めるようになりましたか?

 たぶん、子供の頃だと思います。

 心身に不自由がないとしたら、文字を覚える前に話し言葉を覚えたはずです。


 話し言葉を記号に変換した文字と、その並び。

 それらの変換の方法を、誰かから学んだはずです。


 幼い子供が誰にも教えてもらわずに解読できますか?

 そんな人がいたら、先を話し難くなるので今は静かにして下さい。


 文字を読む事は誰もが学習しなければできない行為です。

 みなさんも保護者から学ぶか、学校で習ったはずです。たぶん。

 世の中に自分の母国語の文字を独学で解読し理解した(読めるようになった)人は、ほぼいないでしょう。

 文字は、普通その言語を使用する集団の構成員からのです。

 文字という記号の並びを言葉だと理解する。言葉を文字へと変換し記録する。

 これらのルールを学ぶのです。


 記録というものは情報を保管する行為なので、多数の人が参照できなければ意味がありません。

 文字とその並べた文は記録なので、1人だけしかルールを知らない文字列には意味がない。

 伝えられないから、暗号にもならない。

 せいぜいが、その一人だけの秘密の備忘録ってだけです。


 言葉を記す文字を学ぶ為には他者が必要なのです。

 言語は集団、それも社会と呼べる規模の集団の個々人が保存するのです。

 だから1人だけしか知らない言語の文字を書く人はと言えます。


〝1人だけしか知らない言語の文字〟ですよ?

 誤解して判別できないほど下手な文字を書く人を仲間外れにするのはやめて下さい。まず私が迫害されます。仲良くしましょう。


 言葉や文字は、社会という集団がなければ成り立たない。

 つまり文字は共有するもの。

 でも、文字の連なりが記録した物語が再生されるのは個人の中にだけ。

 つまり再生される内容は共有されない。


 なぜ言葉と物語の構造ありかたが、こんなに異なるのか。

 それは論旨ろんしではないので、私には聞かないでください。


 以上で今回は解散です。

 母国語の文字を自主学習で覚えた人、もう喋って良いですからね。

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