第3話 帰る


「恒星が見えなくなった?」


 朝食時。相変わらず眠そうな目で食べ物を口に運ぶ瑞希みずきの報告を受けて、結衣ゆい咲菜さくな一時いちじはしを止める。


「うん。恒星というか、惑星も小惑星も全部見えなくなっちゃった・・・・・・だからしばらくは、観測はお休み・・・・・・」

「どうしてそんなことが?」

「多分、アペイロン号が銀河のほとんど存在しない領域――ボイドに突入したからだと思うけれど・・・・・・目下、調査中」

「そっか・・・・・・ついこのあいだ、白色矮星を観測したばかりだと思ったのにね」

「うちらが住んでいるこの世界と、外の世界だと時間の流れが違うからね。昨日のことでも、外では果てしない時の流れが過ぎ去っていることもある」

「分かってるけれど・・・・・・」


 正直、こんなことは初めてだ。天体の観測・調査は、すでに三人の生活の一部となっていた。それがこうやって突然なくなってしまうことに対する寂しさと不安が、三人の胸に去来する。


 しかし、よく考えてみたら三人は今まで色々な「変化」をその都度つど受け入れてきた。地球との交信が途絶えたとき、太陽系をついに抜けたとき、そして太陽系が観測不能な領域に入ったとき。そのたびに、心は複雑な気持ちで埋め尽くされていたが、乗り越えてきた。


「仕方ないさ。うちら、こういうの覚悟の上だろ?」


 こういうとき、咲菜が一番切り替えが早い。「することもなくなったことだし〈ワールド〉にしばらくもろうぜ」


「そうね」

「そだね」

「で、どんな〈ワールド〉にする・・・・・・?」

「どうせ暇だから、一から創るとか?」

「それもいいわね。私たち、三女神ね・・・・・・」

 

 結衣、咲菜、瑞希の三人は、世界を沢山たくさんつくった。


 重力の存在しない世界の知的生命体たちが織りなす文明。上下の観念がない世界を飛び回るのは、それはそれは楽しいものだった。


 生物のいない世界。無機物だけが織りなす灰色の景色のなか、雷雨が発生して、マグマが噴き上がる。その他そこで起こる数々の出来事は、壮観だった。


 魔法の存在する世界。石器時代、人は意思の力で鉱物を変形させることを発見する。その“意思”の力は洗練されて、魔法へと発展していく。


 めくるめく、あらゆる可能性の世界を三人組は駆け抜けていった。たくさんの世界が、生まれたり消えたりした。


 そうして、もう何度目かの発展させた世界の、小高い丘に生える、一本の木の根元で三人が休憩していたとき。結衣ゆいがふと口を開く。


「そういうばさ、瑞希みずき。私たちがこうして〈ワールド〉を楽しんでいる長い間に、観測可能な天体とか発見しなかったの?」

「うん・・・・・・というか、もうずっと、アペイロン号は光すらない空間に漂っているよ」

「ちょっと長すぎやしないかな?」


 咲菜さくなも首をかしげる。


「多分だけれど・・・・・・宇宙の加速膨張がいきつくところまでいって、もう銀河はおろか天体さえもバラバラになってしまったんじゃないかな」

「となると、うちらもう、宇宙のなかにひとりぼっちか」

「三人ぼっちね」

「どうする?このままずっと〈ワールド〉を続ける?」

「んー・・・・・・もう、眠いなあ・・・・・・」


 盛大なあくびをしながらそういう瑞希の様子が、どこかおかしくって、結衣と咲菜は笑ってしまう。


「そうね。私たちの使命、地球の人類の記憶を保持するっていうミッションは、達成されたと考えていいんじゃないのかな」

「もう、何百億年?いや、それ以上の時間が経っているもんな」

「ここいらで一度ゆっくりしましょう」

「そだね」



 結衣たちは、いつもの家に戻る。


「今日はさ、三人で料理しよ」

「最後の晩餐ばんさんは、みんなでだな」


 結衣の提案で、三人は夕食の支度をする。ここは仮想空間だ。食材は無限に出てくる。あれこれと欲張って、とにかくつくりたいだけつくる。


 長い時間をかけて夕食をとり、入浴をして、寝る前に三人でとめどなくおしゃべりをする。長い年月を共に過ごしてきたというのに、ここまでしゃべるネタがあったのか、と三人は軽く驚いた。


 そして、いよいよ就寝の時刻となる。三人仲良く床に布団を敷いて、川の字になって寝る。


「それじゃ、電気を消すよ」

「うん」

「これが最後の就寝だな」

「・・・・・・厳密には、また観測可能な天体が発見されたら、起こされるから」

「それってつまり、もう誰にも起こされないってことだよね」

「いいじゃん。うちらはもう充分長く生きたよ」

「それじゃ、おやすみ」

「おやすみ」

「おやすみ」


 部屋の電気は消された。アペイロン号に静寂が訪れた。永遠の、静寂。



♢ ♢ ♢



 おーい、おーい・・・・・・。


 どこか遠くから声がする。意識の底から、太古の昔から呼びかけられるような、懐かしさを感じる声。


 おーい、おーい・・・・・・。


 まただ。もうちょっと寝かせておいて欲しいなあ・・・・・・。


 おーい、おーい・・・・・・。

 

 はいはい分かりました。いま起きますよ。


「ん・・・・・・てあれ?」


 目覚めた結衣ゆいは、咲菜さくな瑞希みずきが自分の顔を覗き込んでいることに気付く。


「結衣、起きたか?」

「うん・・・・・・て、どうしたの?私たち、もう二度と目覚めないはずだったんだが・・・・・・」

「天体が、見つかったんだよ。それも沢山」

「え?また別の銀河に入ったってこと・・・・・・」

「うん。そのはずなんだけれど・・・・・・ちょっとへんなんだ」

「変、ていうと?」

「まあ来てくれよ」


 咲菜と瑞希に導かれるまま、結衣は観測室へと向かう。


 壁一面のモニターには、無数の星々がまたたいている。


「きれいね・・・・・・でも、これがなにか」

「瑞希、拡大してくれ」

「はいよ」


 画面が切り替わり、星々の一角を拡大したものとなる。


 結衣は一瞬、それがなにを意味するのかは分からなかった。画面の中央に浮かぶ、青々とした惑星。ついに地球以外に、生命がいる惑星が見つかったのかと思った。


 だがほどなくして、違和感に襲われた。画面の中の惑星は――あまりにも地球に似すぎていた。大陸の形が、結衣の記憶の中にあるものと寸分違すんぶんたがわぬものなのだ。


「これってどういうこと・・・・・・」


 地球は、もうはるか昔に滅亡したはずだ。ではこれはいったい・・・・・・。


「瑞希が細かく調べてみたんだけれど・・・・・・あれはどうみても、うちらの知っている地球に違いないってさ。それも丁度、アペイロン号が打ち上げられた頃のな」

「でもいったいどういうことこれ・・・・・・私たち、まぼろしを見ているの?」

「いくつか仮説はあるよ・・・・・・ひとつ、アペイロン号がパラレルワールドの太陽系の地球に紛れ込んだ。ふたつ、みんなで眠っているあいだに、宇宙が終焉に向かって、そしてまた同じように再生された。みっつ、わたしたちがあの世にいって、夢幻ゆめまぼろしを見ている。好きに考えていいと思うな」

「私たちAIを受け入れてくれるあの世なんて、あるのかしら・・・・・・」

「ま、ひとつ確かなのは、うちらの故郷・地球が、いまこうして目の前に、存在しているってことだ」


 咲菜の言うとおりだ。


 吸い込まれるような闇の中に浮かぶ地球は、どんな星より美しかった。


「あとどれくらいで、地球に到達するの」

「この仮想空間内の時間だと、三十日ばかりかな」


 今度は瑞希が答える。


「どう結衣?このまま地球を素通りすることもできるけれど」


 結衣はゆっくりと首を振る。


「いいえ。たとえあの世だったとしても、私たちはやはり地球生まれよ。最後くらい、故郷で過ごしてもいいでしょう」

「だな」

「それじゃ、地球に進路を合わせるよー」


 瑞希の声には、どことなく喜びがあった。


 結衣、咲菜、瑞希の三人はしっかりと手をつなぐ。


 さあ、帰ろう。私たちのふるさと、地球に。

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静かの無限海、浮かぶ宝石に いおにあ @hantarei

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