第2話 経緯


 22世紀初頭。ITベンチャーを皮切りに、ロケット産業から生物工学、画期的AIに果ては特殊な形態の暗号資産事業までを成功させたニコール・ポリドゥスは、地球人類史上初、個人資産が一京いっけいドルを越えた。


 莫大な財を成したポリドゥスは、その資産を次々と科学・文化振興事業に投じた。ポリドゥスの名を冠した研究所・博物館・美術館は、地球上に星の数ほどあったといわれている。


 だが、ポリドゥスにとって一番の関心事は、やはり宇宙だった。宇宙への冒険こそが、なによりも情熱を傾けるべきものだった。


 しかし――たとえ莫大な資産を投じてでも、ポリドゥスの宇宙事業には限界があった。ひとつは人間の限界。人間の身体は宇宙空間に長期間滞在するようにはできておらず、さらには寿命そのものも、宇宙のスケールからするとあまりにも短い。サイボーグ化の技術も、そのスケールにはなかなか追いつけないのが現状だった。


 加えて、前々世紀から徐々に問題になってきていた地球環境の激変は、ここにきていよいよ甚だしいものになっていた。最早もはや、遅かれ早かれ人類の種としての寿命は尽きようとしている。ならば、せめて限られた人類が余生を送るために、宇宙以外のところで科学技術を使うべきでは?そういう世論が形成されつつあった。


 だがポリドゥスは諦めなかった。彼は、その莫大な財産のほとんどすべてを投じて壮大な、“地球の記憶”計画を発表した。


 ここに、当時のポリドゥスの演説の記録がある。再生してみよう。



「・・・・・・度重なる気候変動、天変地異、我々人類に残された寿命は今まさに尽きようとしています。かといって、火星・月への移住は限定的なものにとどまっており、とてもではありませんが、人類が種として生き残れるほどの規模での実現は不可能でしょう。


 では、我々人類はこのままこうして、来たるべき滅亡をただじっと指をくわえて待つほかないのでしょうか。この宇宙の片隅で、その存在の痕跡すら残せないまま、朽ちていくほかないのでしょうか。


 いいえ。希望はあります。それが今回私が提案する“地球の記憶”計画なのであります。 ご覧ください、この宇宙船アペイロン号の設計図を。これを見てみなさん、疑問に思われることでしょう。こんな超巨大宇宙船には、いったい何人の船員が乗ることができるのか。答えはゼロ、です。アペイロン号は、AIによる完全自動制御の宇宙船なのです。


 ではこの巨大な容積は何に使うのか。これらのほぼすべては、情報を記録・保持するための媒体に用いられます。


 ここには、我々人類の叡智のすべてが記録されます。私がほぼ全財産をかけて収拾した、人文科学、社会科学、自然科学といった学問、ほか芸術作品からスポーツまで、人類の業績のありとあらゆるものをここに集積します。 こうして、データとして記録できる限りの森羅万象の情報を載せて、アペイロン号は宇宙の彼方へと旅立つのです。


 みなさん、いかがでしょうか?我々人類は、そう遠くない未来、緩やかに滅ぶことでしょう。ですが、我々の成した業績は、永遠にこの宇宙のどこかで、アペイロン号と共に漂うことになるのです!!


 ・・・・・・言い忘れていましたが、アペイロン号の高性能AIは、天体を観測して、情報を記録していくこともできます。そうです、アペイロン号は我々の学問の叡智を集積するのみならず、それを発展させていくのです・・・・・・」



「・・・・・・結衣ゆい、なに見てるの?」


 唐突に部屋にやってきた咲菜さくなが、ベッドに転がっている結衣に話しかけてきた。「ニコール・ポリドゥスが、このアペイロン号の打ち上げ計画を立ち上げたときの演説よ。〈ワールド〉からデータを取り出してきたの」


「たまにそれ見るよな、結衣」

「うん。ときどき気になっちゃってね・・・・・・一応、私たちの産みの親だし。ポリドゥスは、どうしてこんな突拍子もないことを考えたのかなあ、て。そして、どうして宇宙船に、私たちみたいな人間らしいAIを投入したのかな、て」

「それはうちも同感だな。もっとこう、正確無比なAIが良かったんじゃないかな。そっちのが、天体観測もよりはかどっただろうし」

「・・・・・・ポリドゥスは、人間らしさも、この宇宙に残しときたかったんじゃないのかな」


 いつの間にか瑞希みずきも部屋にいて、会話に参加してくる。


「・・・・・・多分さ。ありとあらゆる人間の歴史を記録しても、そこにいた無数の人々の息吹っていうのかな・・・・・・いうなれば人間らしさ?そういうものは、ただデータとして残しておくんじゃなくて、生きた存在として、動かしておきたかった。そういう考えがあったのかな・・・・・・」

「だとしても、どうしてうちら三人はみんな十代半ばから後半くらいの女の子の姿なんだろうな。ひとりくらい、男の子にしても良かっただろうに」

「恋愛感情を抱いて、それで気まずくならないようにするためじゃないかな」

「でも、同性愛だったらどうするの?」

「・・・・・・咲菜に結衣、同性愛なの?」

「違うけれど」

「同じく」

「・・・・・・自分もだよ。だから、その質問には意味ないよ」

「でも、人間って変化するものだろう。私たち人間に近いAIも、こうやってアホみたいに長い年月をアペイロン号内のこの仮想空間で生きてきたんだ。なにかのきっかけで変化が起こるかも」


 ふと結衣は、数日前に見た夢について思い出す。


「ねえ、咲菜に瑞希。私、夢を見たんだよね・・・・・・おーい、て声がするの・・・・・・あれも、私たちが変化してきた証なのかな」

「どうかな・・・・・・単に〈ワールド〉の住人の声が、記憶に残っていたんじゃないの」

「そうかなあ・・・・・・」


〈ワールド〉は、アペイロン号のその容積の大部分を占める地球の情報を元に構築される、結衣たちが住むのとは別の仮想世界だ。地球の誕生から、アペイロン号の打ち上げまで、好きな時代の地球を見て、さらにはその世界に入りこむことができる。


 さらに〈ワールド〉は無数にあり、ときには結衣たちの好きなようにカスタマイズすることもできる。「石器時代のアフリカ大陸」「古代ローマ帝国最盛期の頃のローマ」などの文章を打ち込めば、船内の膨大な情報を元にして、自動で世界を生成してくれる。


 結衣たちは、しばしばこの〈ワールド〉で、様々な人類の歴史の世界を訪れる。時間だけは無限にあるので、ときには何年、何十年とその〈ワールド〉内の住人として、生きていくこともある。


 結衣たちにとって、〈ワールド〉で過ごすのは、かつて存在していた地球の人間たちを知るための、一番良い機会だ。


「ひょっとしたら結衣、〈ワールド〉の誰かに恋しちゃったとか?」

「そんなことあるわけないでしょ?てか、私たちってなぜか、そういう感情だけはインストールされていないし・・・・・・」

「だよねえ・・・・・・ポリドゥス博士に、そこの理由は聞きたかったなあ・・・・・・」

「ま、いいじゃん。うちらはうちらでさ。今日は三人で寝よっ」


 結衣、咲菜、瑞希。AI三人娘の数え切れないほど繰り返されてきた日常は、こうして過ぎてゆく。

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