最終話
生前のフサさんは以上のような話を、孫の大石さんに語ったのだった。
古い記憶の中にある話ということで、あれこれとほころびている部分もあった。そういった部分はぼくの判断で
ぼくはこの話を興味深く聞かせてもらい、だからこそ首を傾げざるを得なかった。何度もしつこく記してしまうが、この話を語ってくれたのは、フサさんの孫である大石さんだ。
子供が生まれないのであれば、言わずもがな孫だって存在しない。大石さんが生まれている時点で、フサさんの話には矛盾がある。
それにかんして、大石さんはこんな話をした。
「雑木林の樹が伐採されてから、一ヶ月後くらいって言うてました。祖母は不思議な体験をしたみたいなんです」
その日、フサさんはどことなく気持ちが落ち着かず、集落の中をあてもなくふらふらと歩きまわっていた。どこをどう歩いたかはまったく覚えておらず、気づくと伐採された雑木林が目の前に広がっていた。
切り株だけになってしまった雑木林は、無惨であるうえに
「雑木林に樹が一本も残ってへんのが、耐えられんくらい悲しかったって。祖母がそんなことを言うてた覚えがあります」
フサさんは喪失感に苛まれたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。すると、なにかが前方から歩いてきた。人に似ていたような気がするものの、なぜかそのときの記憶は曖昧だった。あとになってから思いだそうとしてみても、ソレの姿をいっかな思いだせなかった。
ソレはフサさんの前で立ち止まると、細い腕を口もとに差し伸ばしてきた。見れば、指先になにか丸いものを摘まんでいる。なにかの実のようだ。形や大きさは銀杏によく似ているが、色は銀杏と異なって真っ黒だった。
これを食べないといけない。フサさんは強い衝動に駆られて、差しだされた実を口に含んだ。
そういったことは明瞭に覚えているというのに、やはりソレの姿はどうしても思いだせなかった。人に似ていたような気がすると、曖昧にしか覚えていないのだ。また、銀杏に似た実を食べてから、どうやって家に帰ったのかも、記憶に残っていなかった。
すべてが夢だったのかもしれないと、そうも考えてみたのだが、あれは夢ではなかったと直感が否定した。
実はそのような体験をしたのはフサさんだけではなかった。同じような体験をした者が、フサさん以外にひとりだけいた。当時に八歳か九歳だった女の子で、その子も伐採された雑木林でなにかを見て、銀杏に似た実らしきものを食べたそうだ。
女の子とフサさんには共通点があった。雑木林の樹木を伐採する話が出たさいに、フサさんの家族は反対の意思を示したが、女の子の家族も伐採の中止をうったえていたのだ。祝い風と悼み風の均衡を崩してはいけないと、フサさんの家族とよく似た考えを持っていた。
そして、集落の出身者で子をなせたのは、その女の子とフサさんだけだった。ふたりは年頃になると集落から出ていき、
「祖母が言うてたんですよ。雑木林でのその奇妙な体験が、子供が生まれた理由やって。きっと銀杏に似た実を食べたから子供ができたんやって。もちろんわたしはそんな話、信じませんでしたけどね。祖母はどこか変わった人やったんで、妄想でもしてたんやろうと思ってます。それに、こんなん言うんはあれですが、軽度の認知症もありましたしね」
どうやら大石さんはフサさんの話を信じていないらしかった。
確かに、にわかには信じられない話だが、フサさんの話が妄想か否かは、ぼくでは判断しかねることだ。
「でも、祖母はその実を食べたから子供ができたんやと、本気で信じていたんでしょうね。信じてたからこそ――」
一瞬の
「祖母は娘を……わたしの母やわたしを、気味悪がったんやと思います」
大石さんは中学生のときにフサさんから雑木林の伐採の話を聞いた。それは冒頭でも述べたとおりだ。しかし、そのずっと前のまだ五、六歳だった頃に、フサさんとのあいだでこんなことがあったそうだ。
どういった
「あがいな実から生まれた
それからフサさんは大石さんを気味悪そうに見おろした。
「あんたの母親は人やない。あれから生まれたあんたも、人と違うのやろ? いったい
ぶつぶつと言いながら、大石さんの頭を小突いた。
「ほら、言うてみい。
何度もしつこく大石さんの頭を小突いた。
そのときの大石さんはフサさんの言動を理解できなかったが、幼心に自分と母親が腐されていることだけはよくわかったという。
「当時のわたしは幼い子供やったから、すぐに忘れると高を括ったんでしょうね。だから、祖母はあんなことを言うたんやと思います。わたしの頭を小突いたんも、忘れると思ったからでしょう。けど、五十代になった今でもしっかり覚えてるんですよ」
大石さんは苦笑いしつつ続けた。
「わたしは今まで人間のつもりでいるんですけど、ほんまは母もわたしも人間とちゃうんでしょうか」
言ってからも苦笑いをみせていた。
フサさんが他界してから年久しく、もう四十年ほどが経っている。しかし、幼い頃に気味悪がられた経験のある大石さんは、今でも彼女のことを良く思っていないそうだ。化け物扱いされたのだから、それも当然かもしれない。
また、頭を小突かれたときの感触がふと思いだされ、嫌な気分になることがしばしばあるのだという。
(了)
祝い風・悼み風 烏目浩輔 @WATERES
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