【カクヨムコン参加】あのつま先は今

肥前ロンズ

お題 つま先

 姉の友人の子が生まれた。

 俺には全く血の繋がりがない子だ。

 その子の足先は、どこの匠が作ったんだと思うような、小さな小さな爪がちゃんと足についていて。


 つま先を器用にぐにゃりと動かして、何かを掴もうとしていた。

 まるで、手のように。グー、チョキ、パー、と、形を変えていく。


 その器用さと、その力強さを。俺は今も覚えている。



 ■


 今やその子は、立派な成人女性になった。

 もはや付き合いも二十うんねん。気分的には叔父さんだ。そして年齢もオジサンである。


「この間、タイムラインに『男と女に友情が芽生えるか』ってやつが炎上してたんですよ」


 ジュワー、と焼肉を焼きながら、姪っ子っぽい彼女は言った。


「あー、しょっちゅうその手の話出てくるよな」

「AセクAロマの人怒ってました。私もやだなーって思います」


 他人から友達づきあいを制限されてるみたいで、と言いながら、彼女は肉から目を離さない。

 AセクAロマとは、「アセクシュアル・アロマンティック」のことで、他者に対して性愛や恋愛を抱かないセクシュアルティのことだ。

 ちなみに俺はゲイだ。なので恋愛感情が芽生える相手も男である。

 こういう話題が上がる時、「同性の間の恋愛感情と友情の違いは何か?」みたいな質問も同時に突きつけられている気がして、億劫な気持ちになる。


「そもそも、人によって友情も恋愛の形も違うじゃないですか?」

「うん、まあそうね」

「だから私、これからは『男女に友情が』うんぬんより、『各々が言う友情と恋愛はなんぞや?』を議論するべきだと思うんですよ」


 はー、と溜息をつきながら彼女は言った。


「……何かあったの」

「好きだと思って告白したら、『なんで今更!?』って言われました」


 その言葉に、あー、と俺は相槌を打つ。


「『あれだけアプローチかけてもスルーだったから脈ナシだと思ったんだけど!?』……って。ちなみにもう恋人いるんだそうです」


 脈ナシです、と彼女は淡々と告げる。久しぶりに連絡が来て『焼肉食べに行きたい』と言ったのは、この話を聞いて欲しかったからか。


「私、自分ってフツー……っていうか、マジョリティだと思ってたんですよ」


 でも、と彼女は言った。


「大人になってセクシャル的なことが聞こえ始めるとさ。あれ? ってなって。

『一目で恋に落ちる』は漫画とかで見てきたからわかるけど、『一目でセクシーだと思う』って何? とか」

「あー」


 俺はどっちかと言えば後者なんだが、そういう話を彼女にはしてこなかった。


「そんで多分、多くの人は最初から恋愛と友情を分けているんでしょ? でも私は、まず友情を感じないとときめかないわけで。私が読んでる漫画は大体そうだったし、私がそうなら皆そうだろ、って思ってたわけで。

 ところが周りは、最初から『恋愛』と『友情』の箱を分けて、しかも性的な感情を抱くスピードが私より速いことに気づいた……」


 自分だけ違うスピードで時間が経過する星の住人だった、ということに気づいたような顔をしていた。


「こりゃ定義から話し合わないと事故になりますわ、と思った次第であります」

「なるほど……」


 それは確かに、全員で議論する必要がありそうだなと思った。




 最近肉は胃もたれがすると思っていたけど、目の前でバクバク食う彼女を見ていたら、つられて結構食べていた。

 途中でお腹壊しませんように、と願掛けしながら帰り道を歩くと、隣の彼女の目線が近いことに気づく。


「……そんなに背高かったっけ?」

「ヒールの分ですかね」


 ほれ、とヒールのついたブーツを見せてくれた。


「可愛いと思って衝動買いしたんですが、やっぱビールしんどいっす。靴ってなんで高いんですかね」

「服代も靴代もほとんど本に替えてるからだろ、それ」


 彼女はあまり、ファッションというか、『他人にどう見られたいか』という興味を持てずに育ったようだ。楽しいなら、それに超したことは無いけれど。


 二十年か。

 その時間が、どれほどの変化を与えたのかは、よくわからない。

 ただ、俺がゲイだと言っても、それを聞いた彼女は特に反応することなく、「へー」と言った。

 LGBTの講演会などに参加していたというのもあるが、それ以上に「生まれた時から知ってる叔父同然の人」に情報がプラスされた、という認識の方がずっと強いのだと言われた。

『あ、でも、それ話してくれたのは、私にとって良かったなって思うんだ』と彼女の言葉を思い出す。


『自分と関係の無いことはこの世には無い、ってことがわかるというか。

 多分これから私が会う人の中には、おじさんのことを思い出したり、おじさんを通して物事を考えることもあると思うんですよね』


 ……それを聞いて、彼女が彼女であってよかった、と思い。

 俺は、俺であって良かったな、と思った。





「なあ、今でもつま先でグーチョキパーできる?」


 俺がそう言うと、彼女は「はい?」と返す。


「昔、つま先をめっちゃ器用に動かしてたじゃん。グーチョキパーって」

「え、全然覚えてないんですが。いつの頃?」

「赤ちゃんの頃」

「覚えてるわけあるかい!」


 せいぜい四歳までが限界だわ! と突っ込む彼女に、俺は笑った。

 どうかそのまま、力強く歩いて行って欲しいと、思った。


 

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