第3話 結果報告

 ソカとソンの二語句は、山頂に建てられた小屋の前に着くと息を呑んだ。


「ここに天女様がいらっしゃるのでしょうか?」


「ええ、きっと」


 ソンが目を据え、小屋の扉に手を伸ばした。一気に扉を引く。


「ひゃああ!!?」と驚く、うら若き乙女。羽衣装束で腰まで伸びる、紺碧色の髪。その瞳は黄色く、首元には【天】の字が刻まれた玉のペンダントが提げられている。


「彼女が天女さま……?」


 ソカの質問には答えず、ソンが乙女の下へと走っていく。


「ようやく見つけたぞ、【天変地異】――!」


「え? ソンさん……?」


「いや! 離してっ……!」

 

 乙女――【天変地異】の腕を掴むソン。

 およそ、自らが信仰する教団の教祖への振る舞いとは思えず、ソカが、ぐっと拳を握る。


「これはどういうことですか、ソンさん! あなたはこの世界の安穏を取り戻すために、家出した天女様を見つけたかったのではないんですか?」


「ふっ。……どこまでもオメデタイ奴だな。そんな訳ないだろう?」


 そう言って、ソンが鼻から下を覆っていた布を取り去った。頭巾も外し、白装束も脱ぎ捨てる。黒い忍び装束となったソンに、【天変地異】が忌々しく叫ぶ。


「アンタね、セイが言っていた、『世直し』の連中って言うのはっ……!」


「世直し……?」


「――無事か、ソカっ……!」


 そこに、ランマと青年が飛び込んできた。


「チィ!」と叫ぶ青年の拳が、問答無用にソンに飛ぶ。


「セイっ……!」とペンダントを握りしめる【天変地異】――。ひょいっとセイの攻撃をかわしたソンが、チィの背中に回り、その首に手をかけた。


「なっ……」

「おおっと、動くなよ。怪しい動き一つで、こいつの首が折れてしまうぞ?」


「ぐっ……」と三語句が押し黙る。冷静さを保つソンが、ランマに訊ねる。


「探偵、あの質屋から得た情報の二つ目、それは何だ?」


「ナニ? 知りてえの? いいぜ、教えてやるよ。ロクから得た二つ目の情報、それは『近頃、世直しを謳う組織の連中が、家出した〈語句〉を探している』だ」


「それって、さっき天女様が仰っていたことと同じですね! ならソンさん、あなたがその『世直しを謳う組織』の一員という訳か!」


 ソカの追及に、「……ふ。ふふ」と怪しく笑うソン。


「ああ、そうだとも。俺こそがこのクソみたいな世界をぶっ壊し、『世直し』を完遂させる組織――『景伝けいでん会』の領袖りょうしゅう、【唯我ゆいが独尊どくそん】だ」


「【唯我独尊】……」


■唯我独尊(ゆいがどくそん)

この世に自分よりすぐれた者はいない、自分が一番偉いと自惚れること。


※領袖とはリーダーを指す。


 黒髪に黒い瞳。この辞書の世界に息づく【四字熟語】は、行ごとに瞳の色が分かれている。ア行が赤で、カ行は金、サ行なら銀といった具合に。


「ヤ行の【四字熟語】なんて、初めて見た」


 ソカの正直すぎる感想に、「まあ、ヤ行以下の【四字熟語】は、その数も少ねえからな」とランマが返す。


「んで、アンタが掲げる『世直し』って、具体的にナニする気なの?」


「無論、この腐りきった世界を壊すのだ。この辞書世界では、ア行こそが崇高なる〈語句〉として扱われている。その象徴たる『ア行特権』を壊し、この世界の序列を【唯我独尊】から創り直すのだ」


「つまり、この世界の始まりをあなたにすると?」


「ああ。ア行共が都合よく創り上げたこの世界を破壊し、俺こそが至高の〈語句〉として君臨する。そのためには、【天変地異】の力は必要不可欠。『天地教』によって守られ続けてきた【天変地異】が家出をした、そこまでは情報を得ていた。だが、その行方が分からず、こうして探偵に依頼した訳だが、こうも簡単に見つかるとはな。さすがは世に名高い、『快刀乱麻探偵事務所』の探偵だ。だが、貴様らの名声も、ここまでだがな」


 ソンがパチンと指を鳴らした。その直後、小屋の周りをソンと同じ、忍び装束の集団が取り囲む。その気配に、ランマが溜息を吐いた。


「ったく、毎度毎度、こうして周りを敵サンに囲まれるんだよなぁ。一体誰のせいかしら?」


「僕のせいだって言うんですか!」


「どう考えても、周り一面敵だらけ。正しく四面楚歌状態だろうが!」


「黙れ! 天女以外、奴らの息の根を止めろっ……」


 ソンの指示の下、忍び装束の集団がランマにソカ、セイの三語句に襲いかかった。


 小屋の外に出て、拳で敵を倒していくセイと、刀で応戦するランマ。


「ここは僕に任せてください!」とソカの声が飛ぶ。


 両手を敵にかざし、左手の甲に【四】【面】の文字が、右手の甲に【楚】【歌】の文字が雪崩込んだ。そうして刻まれた【四面楚歌】の文字に、「東西南北、四面から取り囲んでやろう」とソカが能力を引き出す。


 四面に現れた、青色の壁。敵を囲うように、ブルドーザーのごとく迫りくる。


 そうして肉詰め状態で捕らえられた同胞に、ぐっとソンが苛立った。


「くそう! こうなれば、今ここでこの世界を終わらせてやる! 来いっ……!」


 ソンがチィの腕を取り、暴風雨吹き荒れる中、山頂に立つ鳥居の下に立った。


「今すぐ大地震を起こせ!」


「そんなの無理よ!」


「なら巨大隕石を落とすんだ!」


「だから無理だと言っているでしょう!」


「何を言っている! お前は【天変地異】、この世界など、簡単に壊せるはずだ!」


「そんなことできる訳ないじゃない!」


 言い放つチィに苛立ち、ソンがその首元に提げるペンダントを引きちぎった。


「あ……」

「チィ……!」


 風雲急を告げる勢いで、セイがチィの下に急ぐ。その場に倒れ込んだチィと、ころころと転がる【天】の玉。その玉が地鳴りと共に震える。天から幾つもの火球が落ち始め、地震により地面が割れていく。


「ハハ! ようやくだ、ようやく世界は始めから創り直され――」

「うるせえ」


 刀の柄の先でソンの頭を突き、その場に沈めるランマ。


「なっ! このままじゃ本当に世界が崩壊しますよ、ランマさん!」


「クソっ! おい、アンタの天女の力だろう? どうにか止めらんねえのか?」


 ランマに詰め寄られるも、セイはぐっと奥歯を噛み締めているだけだ。


「アンタは何者なんだ? 今回の【天変地異】の家出、それに関係しているアンタなら、この事態を止める術を知っているんじゃねえのか?」

 

 ランマに凄まれ、セイが息を呑む。意識を失ったチィを腕に抱き、「俺は……【地平ちへい天成てんせい】。その〈意味〉は〈世の中が平穏で、天地が治まること〉」


 地面に転がっていた【天】の玉を拾い、ソカがセイに差し出す。


「同じ【天】を持ちながらも、反対の〈意味〉を持つ貴方なら、きっとこの窮地を脱せるはずです」


 ソカが力強く頷く。


「ああ。そうだな」


 頷くセイが【天】の玉を受け取り、握りしめた。すると世界を襲っていた天変地異がピタリと止み、安穏の光が暗雲から差し込んだ――。


◇◇◇


“『景伝会』の領袖、【唯我独尊】、逮捕――”


 その一面記事を自席で読むランマの前に、エプロン姿のソカが紅茶を置いた。


「統監本部によって、無事に逮捕されて良かったですね」

「ああ。どっかの質屋が、きな臭い情報を買いに来た輩がいることを、統監本部の兄貴に伝えたんだろう」


 優雅に紅茶を飲むランマの脳裏に、質屋の店先でキセルを吸うロクが、「――くしゅん」とクシャミをする光景が浮かんだ。


「しかし結局、天女様は何故家出などしたんでしょう?」


 ソカの疑問に答えるように、ランマが新聞を折りたたみ、その記事を見せた。


“山頂に浮かぶ、赤い星。恋が叶うと話題に――”


「えっと、つまり……?」


「ただ愛し合う語句同士、誰にも邪魔されず、乳繰り合いたかった。それだけのことだろ?」


「ええ? じゃあ、段々と地震が大きくなったのは?」


「激しく愛し合った証拠♡」


「一万字使って下ネタかい!」


 よく分からない世界崩壊事件に巻き込まれた挙げ句、一円にもならなかった仕事に、ソカは深く溜息を吐く他なかった。    

                    了















 

















 

























 





 










 









  














 











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【短編版】快刀ディクショナリー ノエルアリ @noeruari

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