第2話 情報収集
「――くそ。この暴風雨じゃ、傘なんて無意味だな」
そう言って、カッパ姿で天女探しを始めた、ランマとソカ。その後に続く、同じくカッパ姿のソン。
「この悪天候も、天女様が家出したことに関係しているんでしょうか?」
「だろうな。闇雲に探しても時間と労力の無駄だな。その天女サマが家出したのなら、行きそうな所とか見当つかねえの?」
「……いえ、我々もあらゆる場所を探したのですが、どうしても見つけることができず、今に至っています」
「でしょうね。なら、地道に情報収集していくしかないですね、ランマさん」
ソカの言う通り、ランマが「そうね」と頷く。そのまま屋台や出店が軒を連ねる『
市松模様にマル質の赤字紋暖簾――。
ランマとソカに続き、ソンがその暖簾を潜った。
「――いらっしゃ〜い、快刀チャン。四面チャン。今日も
そう言って「うふふ」と女のように笑うのは、正真正銘、男である【
■一六銀行(いちろくぎんこう)
一と六との和の「七」が、同音の「質」に通じるところから、質屋のこと。
その格好は長い黒髪を右肩に垂らし、女物の着物に、暖簾と同じ市松模様の羽織を羽織っている。赤い瞳と同じ紅をさし、化粧をしていることから、店先でキセルを吸う彼を女性と見紛う客は多い。
「お久しぶりです、ロクさん!」とソカが明るく笑う。
「よぉ、ロク。相変わらず洒落っ気が強えなぁ。悪ぃケド、今日は
「あら珍しい。それで、何を貝たいのかしらァ?」
「んー? 情報をな」と、ランマが店先に座るロクの前で片肘をついた。チラリと彼らの後ろに立つ白装束の男を
「まあ、きな臭いがな。とにかく今は時間がねえんだ。お前サンのところに、天女についての情報がねえか?」
「天女ねえ……。アタシの店には情報を質入れする客がいるケド、天女なんて聞いたことがないわァ。あ、でも、近頃同じような情報を質入れする客が増えたわねぇ」
「同じような情報?」とソカが眉をひそめる。
「一体どんな情報なんです?」
身を乗り出したソカに、「――ハイ」とロクが右手を差し出す。
「え……?」と目をパチパチとさせるソカ。
「アタシは質屋よ。タダで情報を瓜貝するワケないでしょ?」
「まあ、そうだわな。んじゃ、その情報を買い取らせてくれ」
「あらァ? 良いのかしら。その天女とやらと全く無関係の情報かもしれないわよ?」
「なぁに。洒落好きの質屋が流出期間も待たずに提供するくれぇだ。
「言ってくれるじゃないのよォ。――それで、お代は?」
ごそごそと懐から取り出した茶封筒をロクに手渡す、ランマ。その中身を覗き込んだロクが、満足気に「まいどありィ」と笑って、情報が書かれたメモをランマに手渡した。そのメモを読んだランマが、ふっと笑った。
「よし、大体の見当はついたぜ? 西の山に行くぞ!」
「え? ちょ、ランマさん!?」
何の説明もないまま先を急ぐランマの後を追うソカ。そして無言のまま立ち去るソンの背中を見送る、ロク。キセルを咥え、にこやかに手を振るが、瞬時に硬い表情で店の奥へと入っていった。
◇◇◇
「――ちょっとランマさん! いいかげん、ロクさんから買い取った情報を教えてくださいよ!」
暴風雨の中、西の山を黙々と登るランマの背中に向かって、ゼェゼェと上がる息でソカがぶつける。
「んー? ああ、いいぜ。教えてやるよ」
ランマが後ろを振り向くことなく、山頂を目指しながら話す。
「ロクから得た情報は二つ――。一つは『ここ二週間ほど、赤く光る星が西の山頂に一晩中ある』だ」
「赤く光る星? それが天女様と関係しているって言うんですか?」
「さあな。ケド、あのロクから得た情報だ。闇雲に探すよか、よっぽど真相に近づくと思わねえか?」
「んー、どうでしょう。それよりもソンさん、ここら辺は探したんですか?」
ソカが後ろを歩くソンに訊ねる。
「いえ、西の山はまだ。ですが、『赤く光る星』については、心当たりがあります」
「え?」とソカが振り返る。
「我が『天地教』において、『赤く光る星』は、凶星とされています。我らが天女――【天変地異】様による、天を砕き、地を割ることによって新たな世界を創り直す、正しく天変地異の前触れともされているのです……!」
暗雲渦巻く天に向かい、ソンが両手を掲げる。凶星だと言うのに、何故か高揚感が見て取れる。訝しがるランマの視界の先に、動くものを捉えた。ピタリと足を止める。
「なら、その『赤く光る星』の下に天女様がいるかもしれない、というのは、あながち間違ってはいなさそうですね――って、ランマさん!?」
再び前を向いた先にあったランマの背中。そこにぶつかったソカに、「大丈夫ですか?」と後ろからソンが案じる。
「〜〜〜つぅ。って、ランマさん? こんな所で立ち止まって、どうしたんですか?」
ソカの質問に答えることなく、ランマは山道の雑木林に目を向けた。間髪入れず、一人の白装束姿の青年が飛び出してきた。そのままランマに襲いかかる。
「なっ――! ランマさん!」
拳での攻撃を避けながら、ランマは右手を伸ばした。手の甲に、金色に光る【快】【刀】【乱】【麻】の〈語句〉が腕から流れ落ちてくる。その手の先に、麻の葉模様の鞘に納められた刀が現れた。
「ここは俺が食い止めるから、お前らは山頂に向かえ! そこにおそらく、天女がいるっ……!」
「――っ、ハイっ……! 行きましょう、ソンさん!」とソカがソンの手を取り、山頂に向かって走っていく。その後を追いかけようとした青年の前に立ちはだかる、ランマ。さっと刀を抜く。
「まぁた、きな臭い奴が増えやがったなぁ」
ソンと同じく、山伏の修行僧の格好の青年が、ランマ目掛けて拳を飛ばす。それはただ闇雲に繰り出される喧嘩殺法とは違って、しっかりと型にはまり、それでいて俊敏だ。ランマも拳の軌道を読むも、幾重もの型から放たれる拳を読みきれず、ついには頬に一発食らった。
「……チっ。ただの修行僧ってなワケではなさそうね」
相手との間合を取るため、ランマが三歩ほど後退する。刀の柄を握りしめ、今だというタイミングで跳躍した――。
瞬時に接近された青年が怯んだその隙を突き、ランマが右脇から左肩に向かい斬りつけた。
「なっ……!」
青年は自分が斬られたという実感が沸かないまま、その場に倒れ込んだ。目をパチクリとさせながら、視界に入ってきたランマを見つめる。
「ハイ、これで終わり。安心しろよ、斬っちゃあいねえから」
そう言われ、青年は自分の胸に手を当てた。見ると、確かに血はどこにもついていない。痛みもなければ、恐怖心もなかった。
「どうして……?」
「んー? アンタには聞きてえコトがあるからなぁ。こうしてタイミングよく出てきてくれたんだ。アンタなら、天女の行方を知ってるんじゃねえか? 俺らは――」
「天女……ハッ! そうだ、チィ……!」
起き上がった青年が、一目散に山頂へと駆け上がっていく。
「ちょ、おい! 最後まで
ランマもまた、青年の後を追って山頂へと向かった。
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