第16話
立花さんと別れて、私は公園の新緑の中を歩いた。
冬は完全に去っていて、今度は春と夏の季節が混在し始めている。
木漏れ日は気持ちよく、日に透ける若葉の一枚一枚が活気づいていて、これからもっと青くなるよと私に訴えかけてくるように思えた。
「おじいちゃん、若葉と名付けてくれてありがとう」
呟いてみる。年齢と名前のギャップの恥じらいなど、くだらないものだ。
依然、消えたいと思う気持ちは私の中でなくなってはいないけれど、立花さんと話して、あともう少し生きてみようと思えた。
綺麗なものを綺麗だと感じられる心はまだ生きている。
生きていていい。働けなくても、生きていていい。
ただそれだけのことが、とても難しかった。
公園を一周する。生い茂る木々の中で小さく咲いていたツツジの花を一輪手折ると、私は自然のエネルギーをひとしきり感じたあとでいつものベンチに座り、隣に手向けた。
「青山さん、私の相手をして下さったお礼です」
噴水の音に混ざってはしゃぐ声が聞こえてきた。今日は子連れの母親ではなく、十歳くらいの子供たちが何人か、噴水の前で遊んでいる。青空の下の水飛沫はきらきらと輝いて、小さな虹を作っていた。
生きていることが働いていること。今はまだそう思っていよう。少し休んで、恐怖や緊張を取り去ることが出来たら、また収入を得て働くことを考えればいい。
たとえ働いてクビになっても、諦めずに仕事を探そう。
あるいは、自分のペースでできる仕事を見つけることを真剣に考えてみようか。壊れている人間には、壊れているなりの生き方がある。
緩やかな風が頬を撫でていき、ツツジの花のそばに、木の葉が一枚舞い落ちて
きた。
私は木の葉を拾って見つめると、色々な人がそうしてくれたように、頬笑
みを向けた。
人間社会はとても厳しい。だけど厳しくないものも、たまにはある。
いつまでも誠実で、純真でありたいという思いは、私の中では変わらない。
それが社会で生きていく上でのマイナスになっているのだとしても、きっと価値のないものではない。
みんな苦しい、みんな頑張っている。働いているものも働いていないものも、それは一緒だ。けれどみんな同様の生き方などない。
私は七色の虹に目を凝らしながら携帯を取り出し、めぐみにメールを打った。
あとで文句を言われようが笑われようが、電話が来ても二度と取らない。
『縁を切ります。私はあなたたちみたいに黒く染まらない』
何色にも染まらない生き方だってある。だからニートと呼ばないで。
送信した後、しばらくして今度はさくらからメールが来た。
『お姉ちゃん、ごめんね。考え方改めるよ。だからお願い、元気になって。数日遅れたけど誕生日のケーキ買って帰るから、夜みんなで一緒に食べよう?』
停滞していた物事が、ちょっとだけ進み始める。私が人並みになれるまでにどれくらい時間がかかるかわからないけれど、帰ったら家族と話し合ってみよう。
ツツジの花びらを一枚取り、木の葉と一緒に本に挟んだ。しおりを作って、祖父と過ごした季節、青山さんと交わした時間を記憶の一ページに留めておきたい。
水飛沫が私のほうまで降りかかる。
疾風の中に聴く、葉擦れの音が胸に優しく届いた。
(了)
ニートと呼ばないで 明(めい) @uminosora
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