クリスマスラジオが癒やしてくれる

空宮海苔

クリスマスラジオ

 クリスマス、聖夜。世間は賑わい、街は活気で溢れ、イルミネーションの光が聖なる夜の闇を穿つように光る頃合い。家族は団欒のときを過ごし、恋人たちは笑いさざめき、周囲の人々に笑顔による幸せのおすそ分けをしているところだろう。


 しかし、そんな世界の片隅では、今日も夜遅くまで仕事に従事したり、アルバイトで働いたり、学校の部活動や生徒会活動のために身を捧げたり。あまりゆっくりしているとはいえないクリスマスを過ごしている者たちも居る。


 さらに、そんな状況なのに、家に帰っても『おかえり』の声が聞こえてこないような人たちも。さて、今年もそんな人達のために、クリスマスラジオがやってきた。


『さあ、今年もやって参りましたクリスマスラジオ〜! このラジオは、クリスマスも頑張ったというのに孤独を感じている、そんなあなただけが聴くことのできる特別なラジオとなっております』


 クリスマスの夜に、孤独を感じている人たちだけが聞くことのできる、ひみつのラジオ。

 今年も、たくさんの人がそれを聴く。


『いや〜……クリスマスが今年もやってきましたねぇ』


 例えば、あるくたびれた一人のサラリーマンは、電池のないラジオから、壮年の男性のような、渋い声が聞こえてくることに気がついたことだろう。

 普段であれば、こんな状況なら恐怖を感じるはずだが、クリスマスの仕事の疲れと、どこか楽しげに話す彼の声色によって、そんな感情は吹き飛ばされてしまった。


『リスナーのみなさんも、お疲れ様です〜。クリスマスっていうと、休みの人も多いですが、中にはずっと仕事という方もたくさん居ますからねぇ』


 ある高校生アルバイターは、その言葉にうんうんと大きく頷いたことだろう。


『まあね、このラジオを聴いて下さってる方は、やはり仕事ですとか、高校生だったらアウバイトですとか、そういうクリスマスを過ごしている方が多いと思うんですよ』


 先程の高校生アルバイターは、その言葉を深くかみ締める。


『ほんとに、そういう方も居てくださってこそ、社会が回っているわけですから。本当に頭が上がりませんねぇ』


 そして、ある公務員は、その言葉に少しばかりの涙を流しながら、ラジオを聴いていた。


『まあなんだかんだ私は日本のインフラが止まったりしてもなんとかなるんですけどね、はっはっは!』


 その公務員は、日本のラジオでパーソナリティをしている人が、日本のインフラが止まっても困らない、というのはなかなか変な話だなぁ、と思ったことだろう。


『えーさてそんなところでオープニングもそこそこにしまして……一曲目流しながら次のコーナーに移っていきましょう。Kalafinaで、We wish your mery Christmas』


 その後、ラジオからは優しげなピアノの音が聴こえてきた。それから、いつもの歌詞が聴こえてくると同時に音量も下がり、パーソナリティの声も聴こえてくる。


『ということでですね。今年はちょっと特別でして、皆さんからのお手紙を読み上げながらちょっと進んでいこうと思います』


 休みを取ったのに結局なんの予定もなく過ごしている、あるサラリーマンは『こんな突発的に出てきた奇妙なラジオに、手紙なんてあるのだろうか』と思ったのだが、その答えは案外すぐにでてきた。


『まあこんなラジオで手紙ってなんぞやって話ですけれども。ここはですね、ちょっと色々頑張らせてもらいまして、皆さんの考えているクリスマスのあるあるみたいな。そういうものをちょっと、頭の中から拝借していく形となっております〜』


 頭の中から拝借、という言葉はなんだかとてもおかしな響きに思えるが、まあクリスマスの夜にこんなラジオが聴こえている時点で今更だろう。


『それではお便り一つ目。『クリスマスって、なまじみんなが楽しそうにしてるから、一人で過ごすといつもより寂しくなる』とのことです』


 暇なクリスマスを過ごしているフリーターは、大きくため息を吐きながらそのラジオを聴いていた。彼は、入るはずだった仕事は直前でキャンセルされ、おまけに他に予定もない人物で、悲しいクリスマスを過ごしている真っ最中だ。


『あ〜これ、ありますね。私もクリスマスは日本によく行くので分かるんですが、やっぱり日本のクリスマスって、ほんとに恋人で溢れてるんですよ!』


 それから、はっはっは、と快活な笑い声が聞こえてくる。


『なんか嫉妬じゃないんですけど、なんで私今こんなことしてるんだろうな〜って、少し寂しくなっちゃいますよね。いやー分かります』


 クリスマス直前に恋人と別れ、一人寂しいクリスマスを過ごしているある男は、ふふっと笑いを零した。そんな彼も、去年のクリスマスは恋人と過ごしたわけだが、もしかすると他の誰か、友人なんかはそのとき同じ思いをしていたのかもしれない。

 そう考えると、いつもよりちょっぴり優しくなれそうな気がしたのだ。


『ではお便り二つ目。別に望んでないのにバイトでサンタ帽とかトナカイの角とか付けられて挙句の果てには客に無許可で撮られる』


 ある大学生アルバイターは、大きく笑い転げながらそれを聴いていた。かく言う彼女も、サンタ帽子を被せられては客に撮影されていた人間だ。


『あーこれもありますよね! まあ客引きなのはわかるんですけど、もうちょっと人選というか、どうにかならないのかな〜みたいな』


 はっは、と朗らかな笑い声が響いた。


『それに、撮影も嫌ですよね〜。許可とってるならまだしも、無許可なんかはもう最悪の気分ですよね……まあ私は割と慣れてるんですけど』


 大学生アルバイターは、ひとしきり笑い終わったあと『慣れてるんかい!』と一人でツッコミを入れていた。


『それではお便り三つ目いきましょう! 恋人と過ごさない、充実したクリスマスってなんだろう? というお便りでした――いやですね、これちょっと持論がありましてですね』


 時間は有り余っているというのに、結局家でゴロゴロしてばかりのある大学生は思った。

確かに、恋人と過ごしたり、家族と過ごしたり以外で、充実したクリスマスってなんだろう、と。


『やっぱり、家でケンタッキーとかケーキでもいいですが、とにかく美味しいもの食べて、たくさん寝るっていうのが好きなんですよ。それがたとえ一人でも、ですね』


 その大学生は、それもありなのだろうか、と首をかしげた。


『クリスマスとかって、誰かと居るのが美徳とされがちですけど。一人の時間っていうのは、どんな時期でも大切なものですしね』


 まあ確かに正論ではあるな、とその大学生は納得した。


『美味しいもの食べて、自分にご褒美あげて、たくさん寝て自分を労ってあげる。これが充実したクリスマスかな〜と私は思いますねー』


 ある高校生は、冷蔵庫を漁って、なにか美味しいものが入っていないか、調べてみることにした。


『さて、皆さんはどういうクリスマスが充実していると言えると思いますか? 今年それを実践するのは難しいかもしれませんが、ぜひ考えてみてください! それでは次のコーナーいきましょう!』


 それから、パーソナリティのタイトルコールとともに、今度は日本でも有名な定番のクリスマスソングが流れ始めた。それにしばらく耳を傾けていると、またパーソナリティの声が聴こえてきた。


『毎年短めの時間でお送りしているこのラジオですが、今年も短め。次のコーナーでお別れとなります……が、今年のこのコーナーは少し凝ってますのでね。ぜひお楽しみに!』


 それから、今度は最後まで曲が流れ終わると、パーソナリティの声が戻ってきた。


『ということでこちらのコーナーでは、視聴者の中からゲストをお呼びしまして、一緒にお話していこうという感じになっております』


 ある公務員は『電話でもかけるのかな〜』と思いながら、そのラジオを聴いていた。


『つまりですね、視聴者の方をラジオ局の方まで魔法でお呼びして、ちょっと一緒にお話してから帰っていただくという感じです。トークテーマなどは決めていますので、その点はご安心ください!』


 パーソナリティはとうとう魔法なんて言い始めたが、ここまでラジオを聴いている者の中で、そんなことを気にする人間はもうとっくに居なかった。


『ある程度意欲のある方から抽選になります! それでは〜……ドン! こちらの方です!』

『え?』


 ラジオ越しに困惑する声が聞こえた。若い男性の声だった。


『いや〜いきなり呼び出して申し訳ないです。ただ、やはりゲストが居たほうが面白くなりますからねぇ』


 どこか申し訳無さそうな声色で、パーソナリティがが喋る。


『えっ、あっ、本当に来た……』

『はっはっは、まあ驚くのも無理はないですよね』

『しょ、正直めちゃくちゃ驚いてます……というか、まず僕で大丈夫なんですか? 面白くなります?』


 不安げな声がラジオ越しに響いた。


『大丈夫大丈夫、君が呼び寄せられたということは、面白くくなるってことですからねもう』

『は、はぁ……』


 返ってくるその声からは、未だに不安が拭えていないことが読み取れる。


『ということで、キミたぶん男子高校生だよね?』


 それから、パーソナリティが訊いた。


『そうです』

『お、じゃあ、今回のトークテーマにピッタリだ』


 パーソナリティの声が少しばかり跳ねた。


『え、テーマは何なんですか?』

『好きな人と過ごしたいクリスマスをどうする? ってヤツ! 高校生なら真っ只中でしょうよ』

 ラジオ越しでもその笑顔が見えてくるくらい嬉しい声色で彼は言った。


『は、はあ』

『で、テーマは先ほど言ったとおりなんですが。これはたぶん、好きな人は居るけど恋人じゃない、という状況だと思うんですよ』


 それから、少し真面目に戻って、そう話を始めた。


『そうですね。なんかこう、今ちょうど恋してる真っ最中みたいな、そういう感じには聞こえます』

『はぁい。ですからこう、まだ恋人でないときに、どう誘う? とか何でどこまで行く? とかそういうところですよね。やっぱり考えていきたいですねぇ』


 パーソナリティが言うが、男子高校生からの応答はしばらくなかった。それから、一秒くらい経ったかというところで、彼が口を開く。


『……というかこれ、恋バナですよね?』

『はい、ジャンル的にはそうなりますね』

『リスナーさんってそういう話がないからこのラジオを聴いているのであって、話題として適切なんですか……?』


 彼女居ない歴イコール年齢のある大学生は、血が滲むほど唇を噛み締めていた。


『まあまあ、細かいことは気にしちゃいけません。それにここに居るということは皆さん仲間ですからね!』


 パーソナリティは元気な声でそう言うが、要は『このラジオを聴いているひとはみんなクリボッチだ』と言っているだけである。

 先程の大学生については、今頃地面に突っ伏している頃合いだろう。


『でですね、正直私も分からないんですけど、クリスマスに人誘うのってどうやるんですか? 例えばアプリとか、文言とか』

『え? そりゃ普通に、『24日空いてますか』とか『クリスマス空いてる?』とかを……まあ今はだいたいイソスタですかね。で送るのがいいんじゃないでしょうか』


 そんなことでいいのか、と言わんばかりの声色で男子高校生が答える。


『お〜、やっぱり最近の若い子はイソスタですか』

『ま、まあそうですね』

『それってあれだよね、さすがにいきなり誘ったら気まずいでしょ?』


 パーソナリティは興味を持った様子で、楽しそうにそう質問した。


『ですね』

『ちょっと前にご飯誘ったり〜とか、普段クリスマス何してるかとか、そういうのも?』

『まあそう……ですね。僕は割と訊くタイプです』


 一瞬悩み、男子高校生は答えた。


『あ〜、駆け引きとかしちゃうんだ』

『これ駆け引きっていうんですかね?』


 男子高校生は笑った。


『でもやっぱりストレートに『好きです!』みたいに伝えるわけじゃないんでしょ?』

『まあはい……もしそうできたらよかったんですけど……』


 彼の声色が少し曇ったものになった。なにかあったのだろうか。


『おや? もしかして訳アリかな? ごめんね、変なこと聴いちゃって。じゃあ次のしつも――』

『いえ、せっかくのこんな場ですから、話させてください』

『それはありがとうございます』


 真面目な声色で、パーソナリティは感謝を伝えた。


『実は、ここに居る僕も、十一月頭くらいまでは好きな人が居て、誘おうと思ってたんですが』

『おー、いいじゃないですか。それで?』

『なんか、十月くらいに彼氏できてたらしくて……』

『あー、辛いやつだ! いやほんと、お疲れ様だね』


 男子高校生の言葉に、どこか同情するような、少し悲しげな声色でパーソナリティは謝った。


『ありがとうございます……まあそれで、正直もとより仲は良かったので、ストレートに伝えればなんとかなってたのかなー、みたいな』

『あるある。やっぱり失恋しちゃうとタラレバ考えたくなるよね〜』

『はい……』


 元気のない声色で、男子高校生は答える。パーソナリティの言葉も、なかなかにしみている様子だ。


『十一月頭だから、もう一ヶ月強経つんだ。いやーまだちょっと整理に時間掛かりそうな感じだね……』

『まあ正直、はい』


 彼は少し答えにくそうにしながらもそう言った。


『悲しいね〜……でもさ、今高校何年生?』

『一年生です』

『おー! じゃあまだまだ時間あるじゃん! まあすぐ次ってのは難しいかもしれないけど。今回のこと学びにしてさ、恋だけじゃなくても人間関係で活かしていけたら良いよね』


 パーソナリティは、今度は一転。嬉しそうな声色で、彼にそう言った。


『そう、ですね……ありがとうございます』

『こちらこそ出演ありがとう! じゃあ、ゲストの出演もそろそろここまでにしよっか』

『あ、もうですか?』


 少しだけ寂しそうな声色で、男子高校生は言った。


『このラジオは毎年短めにしてるからね〜。私ができるのは、あくまで孤独を癒やすお手伝い! 本当の幸せはみんなの手で掴むんだぞ〜!』


 ラジオから明るい声が聞こえてくる。


『オチが着きましたね』


 その高校生もラジオに少し慣れてきたのか、そう言って笑っていた。


『だね。それじゃあ、そろそろ――っと? なんか少し奇妙なものが見えるぞ〜?』

『どうしてガラス玉なんか覗き込んで……っていうかここなんなんですか? 日本ではなさそうですけど……』


 ガタガタという物音と同時に、そんな会話が聴こえてきた。


『おっと、ここのことはラジオ上でも他言無用だ。企業ヒミツってヤツだね。よろしく頼むよ』

『はっ、はい……』

『それでなんだけど、少しうれしいお知らせがありそうだよ。今からキミが会いたいであろう人のもとへ転送してあげるから、後は頑張って!』


 それから、パーソナリティがまた元気の良い声でそう言った。


『えっ、それってどういう意味ですか?』

『まあ世の中にはクリスマスの予定が当日に消え失せる人も居るよね。キミの身近な人もそうだったみたいだよ』


 新しいおもちゃをもらった子どものような、ひどく楽しげな声色でパーソナリティが言う。


『! じゃあ、つまり……!』

『はてさて、なんのことやら……この先の選択はキミ自身が選ぶんだよ。日本に戻ったからと言って、何かをしろというわけじゃない』

『あなたがするのは、あくまでお手伝い……ですか』


 男子高校生も、もうノリノリでパーソナリティと会話をしていた。


『そういうことさ。じゃ、頑張ってね!』

『はい! ありがとうございました!』


 シュン、という小さな音が聞こえた。そして一瞬の間を置いて、またパーソナリティの声が聞こえてくる。

 今度は、あの高校生の声が聞こえてくる気配はない。


 今頃、彼は外で一人寂しい思いをしている『十一月まで好きだった人』の近くに転移させられたことだろう。


『さて、それじゃあゲストにも帰ってもらったところで。このラジオもそろそろシメにしましょうかね!』


 先程よりも少しだけ嬉しそうな笑い声が聞こえる。


『それじゃあ今年のクリスマスラジオはここで終わり! 私は来年もラジオをやりますが、皆さんのもとにこのラジオが来年も届くかどうかは分かりません』


 このラジオは、一人孤独を感じている人のもとに届けられる、ひみつのラジオだ。だから、もし来年、あなたに恋人ができたり家族との時間ができたり。そういうことがあれば、このラジオを聴くことはなくなるだろう。


『どちらの選択をしても構いませんが……どちらにせよ、来年も幸せなホリデーを送ってくださいね! それでは、さようなら〜!』


 プツン、と日本全国のラジオ、また電子機器から聴こえてくるあのパーソナリティの声は途絶えてしまった。さて、クリスマスラジオは、来年も聞けるでしょうか。

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クリスマスラジオが癒やしてくれる 空宮海苔 @SoraNori

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