第3話
そして楽しかった夏の遠征調査も明日で終わりという日になった。
後半はユウイチのインタビューの様子ばかり読んでいたけれど、あたしにとっては共同作業をしている感覚だったので、とても充実した日々だった。
あたしはお化け屋敷の居間で、今日で最後なんだと思いつつ、少し感傷的な気分でユウイチのインタビューを読んでいた。
しばらく集中して読んでいて、いつものようにあたしが、
「その質問はデリカシーなさすぎ」
と合いの手を入れたとき、
「ごめんなさい」
と突然ユウイチが謝ってきた。
糸の中の人が返事などすることないはずだが、その時の返事はとても自然だった。
それであたしもつい、
「気をつけなきゃ」
と言ってユウイチの顔を見て、そこでびっくりした。
ユウイチが座っていた場所に、いつの間にか中年のひげ面のおじさんがいて、こっちを見ていたからだ。
あたしは混乱してしまって最初動けずにいたけれど、誰もいないはずのお化け屋敷で変なおじさんと二人きりな状況に、これはまずいと思って身構えた。
すると、そのひげのおじさんは、
「ごめんなさい」
とまた謝って慌ててあたしから距離を取り、
「驚かす気はなかったんだ」
と言った。
冷や汗が背中を伝って行く。
「どうしてこんなところに?」
と聞くとそのおじさんは、それは私も聞きたいことなんだけどねえと小声で言ったあと、
「民宿でこの家を訪ねて来てる子がいるって聞いてさ」
そして、そのおじさんは、
「君はこの家の記憶が読めるんだね」
とさらにビックリするようなことを言ったのだった。
さすがにその言葉はあたしをうろたえさせた。
これまで場所の記憶を読めることを誰にも言ってこなかった。
それは養父母でさえそうで、言えば一緒にいられなくなると思っていたからだった。
それを見ず知らずのおじさんに言い当てられた。
あたしの警戒心はMAXになった。
このおじさんの側にいてはいけないと思って、お化け屋敷の中を這いずりながら出口に向かった。
立って逃げたかったが足がいうことを利かなかった。
ところが、おじさんは居間で動かずにいて、別の部屋に移動したあたしに向かって、
「心配することはないよ。僕も読めるというわけではないから」
と言ったのだった。
心配してるのそこじゃないとは思ったが、おじさんがあたしの気持ちを推し量ろうとしているのだけは分かった。
「なんで分かるんですか? あたしが読めるって」
「君が読んでるのが、僕の記憶だからだよ」
僕の記憶って……。
あたしは逃げるのを止めて、もう一度居間の戸口までずって行き、部屋の奥の窓縁に腰掛けたおじさんの顔を見た。
そのおじさんの顔は目が落ちくぼみ少し髪の毛も危なっかしくなってはいるが、確かにあたしのフィールドワーカー仲間のユウイチだった。
「ユウイチ、なの?」
するとおじさんは、あたしに向かって、
「はい。鞠野ユウイチと言います」
と自己紹介をした。そして、
「あの時、側にいてくれた幽霊は君だったんだね」
と、さらにさらにビックリするようなことを言ったのだった。
「初めてのインタビューだったんだ。心細かった。でもずっと僕の側で女の子の幽霊が励まし続けてくれたおかげで続けられた」
あのユウイチは、あたしと同じようにバディーだと思ってくれていた。
幽霊扱いは心外だけど。
あたしはこみ上げるものを感じた。嬉しかった。
場所の記憶を読むことを一方通行の孤独な作業だとずっと思ってきた。
あたしがその人のことを深く知っても、その人には決して伝わらない。
例えその内容に親しみを感じても、それはあたしの独りよがりだった。
でもユウイチは違った。
ユウイチはそばで読むあたしを感じてくれていた。
ユウイチは糸を紡ぐ人であたしはそれを読む人だった。
いわば書く人と読む人とが想いを交わし、紡ぐ糸になんらかの影響を及ぼす。
まるでインタラクティブに作者と読者がやりとりして出来て行くWEB小説の世界みたいだと思った。
今では鞠野先生とそういうやりとりをすることは少なくなった。
でも先生がユウイチである以上、鞠野先生は今でもあたしのバディーなのだった。
場所の記憶を読む少女【カクヨムコン10短編参加作品】 たけりゅぬ @hikirunjp
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