2-22 行ってきます

 幸助はユリから聞いた事への驚きで同じ事を彼女に聞き返してしまう。


「ユリちゃんの世界の結晶!?」

「うん。鉱石の世界。本当ならアイツには関わりのないことなのに、捜してくれている」

「他人の世界の為に旅を?」


 幸助はさっき自分が言った台詞、そして彼の事情を何も知らないままに何処か軽い気持ちでこの旅に同行した事に反省するところがあった。

 ユリはどうしてそんなことになったのかを軽く説明した。


「以前、私の故郷にも赤服の襲撃を受けたの。たまたまいたランや国の戦士達が戦って撃退はしたけど、相手はランが取り戻しかけた結晶を座標も設定せずに別の世界へと飛ばしたの。何処にあるのかは誰にも分からない」


 幸助は会話を続けることが出来なかった。

 そもそも特定の結晶を一つ捜していると聞いた時から文字通り砂粒を捜しているものだとは思っていたが、それが自分のためではなく他人のためだったのだ。


 衝撃を受けていたのは幸助だけではなく、たまたま近くまでやって来て彼等の死角にいた南もだ。


「……」



______________________



 食事と片付けを終え、妖精の集落から出た一向。妖精からは代表者としてノースが挨拶をしに来た。


「集落に戻るんだね」

「うん。まだ仲間のケアが必要だし、支えてやりたいんだノォ」

「分かった、頑張ってね」


 二人はこれまでのお礼を伝えるように両手で暖かい握手をし、手を離した後皆に手を振りながら湖の中にへと戻って行った。


 少しして町まで戻った一向。南は道場の現在の有様を自分の目で確認しておきたいとランに頼み、ここまで来た道筋を聞いて一人屋敷へと戻って行き、幸助や朝達は南を心配してついていこうとしたが、ランやユリが後ろから彼等の肩を掴んで動きを止めた。


 道場に到着した南はボロボロになった思い出の場所の実状にショックも驚きの反応もなく、ただ静かに無言で受け止めていた。

 同時に頭の中では、リブルースの基地の中でユリに言われたことがよぎる。



「貴方は、まだまだ可能性のかたまりって事」



 次に南は自身の祖父がまだ生きていたとき、病院に見舞いに行ったときのことを思い出す。


(今なら、おじいちゃんがあの時言おうとしていたことが分かる気がする……)



「お前は、これからどうするつもりだ?」

「どうするって……僕は修行を続けて、道場を継ぐよ。それがどうかした?」

「……いや、なんでもない」



 南は祖父との最後の会話で、自分への心配をかけていたことは分かっていたつもりだったが、ユリとの会話を受けて迷いを感じていた。


 死んだ今となっては事実の確認がしようがないため推測でしかないが、祖父は南のお人好しによってこうなることを見抜いていたのかもしれない。


(僕が道場のことで悩んだり、抱えてしまうことを見抜いていたんだ……)


 南の心境としては道場を守ろうとしたこと、武術を受けついたことは一切の後悔をしていない。

 確かに南が鍛えたのは家の武術の歴史を守るためだったが、結果的にとはいえそのことによって魔法少女として皆を守ることが出来たからだ。 


(僕がこれまでしてきたことは、僕自身のために始めたことではないのかもしれない。でも人のためにすることは、僕が望んでやったことだ。でも……)


 南は目を閉じ、今まで自分が育ってきた道場の残骸に向かって深々と頭を下げ、大きく礼を言った。


「今まで育てていただき! ありがとうございました!!!」



______________________



 結局南が戻ってくることはなく一日が過ぎ、再びこの騒動に関わった面々が集合したが、そこにも南の姿はなかった。


 ユリはリブルースの基地で見つけた設計図を元に催眠用の装置だけを抜いて修理したステッキを朝達に返却した。


「ありがとうございます」

「いいのよ」

「これからも、魔法少女としてやっていくのか?」


 三人は軽く頭を下げて肯定した。


「昨日妖精さん達とも約束しましたし……」

「何より、元々魔法少女になったのは自分の意思だしね」

「あんなことで止めたりなんてしないわよ」


 キイがウインクをして調子よく見せる。話に取り残された北斗が前に出て三人に聞いて来た。


「貴方たちも、別のどこかへ旅に出るんですね」

「ああ、ここでやることはもうなさそうだ」

「そう……」


 四人は頭を下げ、ラン達に礼を言った。


「本当に……「「「ありがとうございます」」」」

「い、いや、どういたしまして……」

「褒められるとむず痒いの? 幸助君」


 朝達は三人がその場から去るのを手を振って見送った。より人目につかないところに3人が移動をしていると南について幸助が触れてきた。


「会長さんは、来なかったか」

「色々整理したいこともあるんだろ。仕方ないさ」


 早速ランがブレスレットを使用して扉を開こうとしたその瞬間、三人の耳に聞き覚えのある大声が響いてきた。


「いた! 待って!!」

「「「ッン!?」」」


 三人が身体を固まらせて同時に首だけ曲げると、大きなリュックを背負い、肩幅に脚を広げて息を荒くしている南の姿があった。


「会長さん!!」

「何だその大荷物?」

「瓦礫の中から、まだ使えるやつをかき集めてきた!!」


 ランはゆっくり瞬きを二度しながら左腕を降ろして身体も南の方に向ける。


「うん、そうじゃなくて俺が聞きたいのは何でそんなものをここに持って来てんだって事」


 南は自分の息を整えるのと気持ちを落ち着かせるために目を閉じ、大きく息を吸って吐くと共にハッキリ三人に告げた。





「僕を!! 君達の旅に一緒に連れて行かせてくれないか!!!」





 南の頼みを耳に入れた三人は全員大きく顔を歪ませた。


「アァ!!?」

「今、なんて……」

「ついて行きたいって事だよね」


 南がリュックのショルダーハーネスを両手で持ちながら素速く何度も頷くと、ランは頭をかいて拒否をする。


「ダメだ。俺達の旅はお気楽異世界ツアーじゃない。赤服にも何度も遭遇するだろうしな。ま、確かにそれでも勝手についてきた変なのがいるが」


 ランは幸助にジト目で視線を向け、幸助は多分自分のことなんだろうなと察して少し機嫌を悪くした。南は幸助と同じくランの言い分を聞いても意見を変える気はなかった。


「だからこそ! 放っておけないから!!」

「しかしだな」

「それにユリさんが言ってたから。自分の居場所は新しく作ることだって出来る! 一緒に旅をして探してみるとかって」


 ユリは自分に振られたことで冷や汗を流し、ランはユリを睨み付け、幸助は苦笑いしながら彼女を見た。


「お前か、変なことを勧めたのは」


 ユリは目をそらして後ろを向きながら右の頬を人差し指の爪で軽くかきながら言い訳をはじめる。


「いや、ほんの冗談で言ったんだけど……まさか準備してやって来るなんて思わなかったし……」


 三人が内輪で話をする中で南は自分の話を突き刺すように近付きながら話しかけてきた。


「僕、今まで自分を自分で縛ってこれまで狭い世界に閉じこもっていた。だから、これからは広い世界を見てみたいんだ」

「広い世界って意味が違くね?」

「この世界のように赤服に侵略されている世界だって他にもあるんでしょ!? 知ってしまった以上放ってはおけないよ!!」

「それもどこかで聞いた台詞だな」


 ランが話の流れをはぐらかして南の頼みを断ろうとすると、そのことを見越していた南はとっておきを切り出した。


「それに僕は、ユリさんの事情も、旅の理由も知っている」

「「「ッン!!」」」

「何の脅しだ?」


 ランは眉にしわを寄せて形相を変えながら南を睨み付けるが南は口角を上げて返事をする。


「そういうのじゃない。僕がいれば、少しでも力になれるって事」


 言い様はいくらでもあるがこちらにとって不利な駆け引きを持ちかけられたことにランは少し悩みながらも下げた頭を上げて南の頼みへの返答を変えた。


「分かったよ。こんだけしたたかなら、異世界でもやってけるかもな」


 南が口を開けて喜ぶと、ユリと幸助もランに続いた。


「私に反対は出来ないわね。誘ったのが自分だし……」

「俺も同じだね。会長さんと似たような身だもんね」

「南でいいよ! よろしくユリさん! 将星君! 西野君!」

「俺らも下の名前でいい」

「仲間になるのに名字呼びだと、固いな確かに……」


 ユリは南に走って近付いていき、南の手を繋いで笑顔を向けた。


「こちらこそヨロシク!」

「はい!!」


 幸助は隣で微妙な顔をしているランに顔を向けずに前を向いたまま彼の気持ちを勝手に代弁した。


「複雑な気持ちってか?」

「分かったように言うな気持ち悪い」

「でもお前にとってもいいんじゃないか? 結晶を見つけるにもユリちゃんを守るにも、人出は多い方がいいだろ?」

「確かにな」

「にしても格闘技使いの魔法少年か。キャラ濃いな……」


 ランは幸助の言葉を受けて自分の中で納得させ、幸助はユリと同じように南と握手をするために右手を差し伸べた。


「俺からもヨロシク、南君」


 するとユリの方に身体を向けていたために反応が遅れた南は手を出すのが遅れてしまい、幸助の右手はそのまますり抜けて不意に南の胸に触れてしまった。


「ハウッ!!……」

「……え?」


 幸助は今起こったことが脳に至るまで全身が石になったかのように硬直した。当たった南の胸には、見た目からは判別しにくいがハッキリとした柔らかい弾力があった。


 そして南自身も幸助に胸を触れられたことに一瞬固まったが、次の瞬間からだが大きく動いて彼に張り手を喰らわせた。


「イヤヤヤアアアアアァァァァァァァ!!!!」

「グガシャャァァァァァァァァァァ!!!!!」


 吹き飛ばされた幸助の身体はランより更に後ろの地面におむすびのようにしばらく後転し続け、木にぶつかり頭を下にしたことでようやく止まったが、動揺と痛みで彼はパニックになっていた。


「エェ!? 今の感触!! 今の!!! エェ!!?」

「何一人で興奮してんだ変態」


 衝撃の事実を知った幸助は頭だけ地面に付けた姿で声を大きくさせながらも震わせ二人に聞き出す。


「いやだって! 南君って男じゃ……」


 対してランとユリはそれが何かとでも言いたげな冷たい目線を幸助に向ける。


「お前……」

「何言ってるのよ、南ちゃんは女よ」

「それより先に謝罪だろ」

「あぁ、ごめんなさい……」


 幸助が頭を動かそうとしたことで体勢を崩して尻を地面に付けると、気持ちを落ち着かせた南が彼に顔を向けないまま顔に冷や汗を流して事情を口にした。


「アハハ……僕、子供の頃から何というか、男の子の服の方がしっくりくるんだよね。別に自分が女だって事は自覚しているし、スカートが嫌いって訳でもないんだけど」


 幸助は痛めた尻を右手でさすりながら気になったことを続けて質問する。


「イッタタ……じゃあ、男子の制服着ていたのは」

「あの学校は校則が厳しくないから。どっちを着ても良かったんだ」

「な、なんだよそれ……」


 幸助は情報量の多さで頭に湯気をふかしながらその場に大の字に倒れて整理しだした。




 しばらくして幸助が起き上がった頃には南もユリが用意した異世界用の衣服に着替え終わり、荷物はランが収納したことで準備が整った。


「よしっ!!」

「あれ? もう準備終わった感じか?」

「そうだ。そのままゴロゴロしてるなら置いてくぞ」

「待て待て待て待て!!」


 ぬいぐるみに変身したユリを左肩に乗せ、既に扉を開いたランの呼びかけに幸助は急いで立ち上がって彼の近くまで走る。ランは彼を気にせず扉に入っていき、幸助も続けて飛び込む。


 一人残った南が最後に扉に入ろうとすると、ふと彼女の髪をそよ風がなびかせ、彼女の顔を振り向かせた。その際には彼女が今まで過ごした町並みの一部が見えた。


「……行ってきます」


 誰かに告げるように想いを込めて一言口にした南は前を向いて扉の中に入り、空間の裂け目は閉じていった。

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FURAIBO《風来坊》 ~異世界転生者の俺より先に魔王を倒した奴についていったら別の異世界に来てしまった!!~ 伊賀栗 エイジ @igaguri0805

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