第12話 県境の関所 鹿児島ー熊本

 鹿児島と熊本の県境にある関所は人通りがないことで有名であった。

 鹿児島は溶岩に覆われてしまっていて特に行ったところで利益になるものがない。

 一応、吸血鬼がその原因であることが明らかになった際には、吸血鬼ハンターが功名を求めて鹿児島へと入ったものであるが、そのすべてが失敗した。


 慣れない環境や人間にとっては溶岩があるところであれば最強とも言われる力を持っていた若き君主ベネディクト・カーマインの領地に踏み入ったハンターの多くは死んで死体すら残らずに溶岩に熱せられて燃え尽きた。

 その事実があったからこそ、この関所を通るものはもういない。ましてや鹿児島側から誰かが出てくることなどこの関所が作られてからほとんどないと言っていい。数十年前に一度、あったくらいである。それ以降は何もない。


 それでもこの関所に人が置かれているのは、吸血鬼の領地に接しているからだ。何かあった際の防衛と連絡をするために置かれている。

 もっともあまりにも何も起こらない上に僻地ということもあって閑職中の閑職扱いである。関所の職員のやる気などあってなきがごとしであった。


「なあ、後藤よぉ……。俺たちいつまでこんな何もないとこ見張ってなきゃいけないんだ?」

「良いじゃないですか。何もないのが。最前線よりかはマシでしょ。宮崎の方の関所だと適応生物とガチンコしたりするらしいですよ」

「あれだろー、宮崎ジャングルだろー、それ。マンゴーとか食えるらしいじゃん。うちとか見てみろよ、溶岩しかねえぞ、溶岩」

「溶岩魚がいますよ。刺身とかうまいんすかね」

「うげぇ、やめろよ気持ち悪い。あんな奇天烈なもん食える奴らの気がしれん」

「県庁の方じゃ、高級食材らしいですよ、溶岩魚」

「あの気持ち悪いのがかぁ?」

「そこそこ釣り人がいるじゃないですか、この関所から糸垂らしてる奴らが。阿蘇の方で吸血鬼が出たとかで外出禁止令出てて今日はいませんけど」

「さっさと退治されてくれんものかね」


 関所のデスクに突っ伏しながら、他愛のない話をしている職員たち。注意される相手もいないから完全にだらけモードだ。

 だからありえないものを見て驚いた。


「ん? 人!?」

「何を言ってるんだ、後藤よぉ。こんなとこに人がいるわけ」

「見てくださいよ、あれ!」


 監視所の窓から見ると確かに鹿児島側から関所に歩いてくる人影が二つあるのが見えた。


「おいおい、マジかよ。おい、後藤、カメラだ。カメラ、用意しろ」

「は、はい!」


 後藤と呼ばれた職員がすぐ様、スマホのカメラをオンにして構える。

 吸血鬼の基本能の一つに、間接的な観測の無効化がある。簡単に言えば、カメラや鏡などを通して吸血鬼の姿を見た場合、映らないというものだ。

 だからカメラを通して確認すれば、吸血鬼かそうでないかがわかる。


「消えました、一人!」

「一人だと? もう一人は?」

「消えません、人間みたいです!」

「吸血鬼と人間が一緒にいるわけねえだろうが!」

「いやいや、最近いるじゃないですか、吸血鬼博愛教団とかそんな連中」

「だったら変な服着てるもんだろうが」

「それもそうですね。じゃあ、どうします?」

「武器、ここにあったか?」

「旧式の術式ナイフくらいですね。何せ、人が来ないと言われてましたし。鹿児島の吸血鬼は引きこもって出てこないって話でしたし」

「くそ、それでやるしかねえか」


 関所の二人が接近する吸血鬼に対してどうするかを考えている間、関所に接近中の吸血鬼ことセラフィーナはふむと顎を撫でた。


「バレたね」

「え、バレたんですか? こんな遠くから?」

「最近じゃあ、スマホカメラで吸血鬼かそうじゃないかって簡単にバレちゃうんだよね。ボクたちは鏡とかカメラに映らないから」

「どうするんですか。人間のふりして関所を越えるって話じゃ」

「うん、その予定だったんだけど、気が付かれて今、どう対処するか話してるとこだよ、関所にいる人たち」

「完全に敵対って感じですね。まあ、当然ですけど。邪悪な吸血鬼なんて人間の敵ですから」

「ボクは全然邪悪じゃないんだけどなぁ」

「人の血アレルギーの吸血鬼とか絶対に存在が信じらませんからね。で、どうするんですか」

「いくつか方法があるよ。力づくが一番簡単だけど」

「やめてください」

「うん、ボクもあまりやりたくないね。だって殺しちゃったら血吸わなくちゃいけなくなっちゃうし。ボク死んじゃうよ」

「何か異能はないんですか?」

「ボクがストックできる異能の数は六つまでだからねぇ」

「教えといてください。あなたを殺す時に利用するので」

「えぇ……まあ良いけど」


 セラフィーナは苦笑しながら悠花に己のストックしている異能を教えてやる。

 一、念動力。見えない手のようなものでなんでも動かせる万能型の異能。ただし使用者の筋力依存。


「まあ、ボクの筋力なら隕石だろうと動かせるよ」

「なんですか、隕石って」

「知らない?」

「はい」

「籠島での教育を疑うよ」

「字が書けて読めて、数が数えられて計算できれば一人前です」

「うーん、ベネディクトの小心者め」


 二、冷気フロスト。ナポレオンの軍隊を退かせた異能。大規模な冷気で周囲を凍らせたりできる他、氷を操ることもできる。


「汎用性高いのが好きなんですか?」

「うん、その方が色々できるからね」


 三、完全自律人形作成。籠島に置いてきたメイドを作った異能。完全自律型の使い魔を作れる。素材によっていろいろと性能が変化する。


「何故メイドかといえば、ボクの趣味だよ」

「好きなんですか、メイド」

「うん、好き」


 四、再生。単純に再生能力を超強化するだけの異能。

 五、芳香フレグランス。匂いを自在に操ることができる異能。

 六、自由枠。


「なんですか、自由枠って」

「今は空けてるってこと。何か良い異能があったら入れる枠だよ。なかなかなくてさー」

「ベネディクトの異能、捨てたんですか?」

「うん、捨てた。あんな使いにくいのいらないし」

「強い異能じゃないんですか?」

「強いけど汎用性低いからいらなーい」


 憐れベネディクト。

 しかし、どうせ親の仇であるから悠花はどうでもいいかとすぐにそんな感情は捨て去った。


「なるほど……じゃあ、聞きたいことがもう一つあるんですけど」

「なに?」

「五の芳香についてですけど、もしかしてお風呂入ってないのに汗のにおいとか魚の臭いがしないのって?」

「うん、芳香って異能のおかげ。本当は吸血鬼独特の匂いを消して人間に成りすます時用の異能なんだけどね」

「ずるい……わたしなんてずっと汗臭いし、魚臭いのに!!」

「そんなことより」

「そんなことじゃないですよ!」

「そんなことより、今は関所でしょ」


 乙女としてはそんなこととして絶対に済ませたくないが関所を越えることの方が優先なのはその通りなので二の句が継げなくなった。

 代わりに不機嫌そうに睨みつけた。


「実際、使えそうな異能ないですね」

「二人だけだし、まあ何とかなるよ」

「どうするつもりで」

「吸血鬼なんだから、正面から勝負するよ。それに見えているのなら、届くし」

「はい?」


 セラフィーナはにやりと笑い、その瞳を輝かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人血アレルギーの吸血鬼は彼女の血だけを吸えない 梶倉テイク @takekiguouren

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画