第11話 適応生物
世界は、吸血鬼が世界の表舞台に現れ人類支配に乗り出して大きな変貌を余儀なくされた。
なにせ異能を持つ吸血鬼たちが世界に現れ人間たちと敵対したのだ。変化しない方がおかしい。
世界中で吸血鬼との戦いが繰り広げられ、吸血鬼ハンターという職業も生まれたりと様々な変化が起きた。
その中でもひときわ大きな変化といえば、まったく新しい異形の生物が生態系に加わったことだろう。
吸血鬼の放つ異能かはたまた別の要因かは不明であるが、かつて世界全土を襲った天変地異以後、環境が激変し、そこに従来では存在しない生物たちが現れるようになった。
光を放つ花、空想の中だけに存在していたドラゴン、新しいエネルギー源となる鉱石だとか。
彼らは特に周辺環境に適応して変化する特質を持つ。
鹿児島で言えば、数多の生命が溶岩に適応した生命が出現した。溶岩をエサとし、溶岩を生活圏とするような生物群が発生した。
ちなみにハワイの溶岩孔や洞窟などに棲むコオロギの親戚ヨウガンコウロギとはまた別種だ。
既存の生態系の中にはない異形と言い換えても良い生物たちを言う。それらは適応生物と呼ばれている。
そんな生物の一種がセラフィーナの前にいた。
「こいつらは?」
「溶岩魚ですかね。名前はないと思います。籠島から出られた人はいないはずですし、いたとしても多分溶岩で死ぬのが大半ですよ」
「ふぅん? ならいないわけでもなさそうだね。あ、そういえばキミ、溶岩の熱さとか平気なの?」
「? これくらいなら普通ですよ」
「普通じゃないとするとキミたちもそういう適応したってことかなぁ?」
ともあれ溶岩魚である。溶岩を泳ぐ魚はどんな種であろうとも、大概はそう呼ばれる。
基本は食用に適するが中には人を襲うような怪物も存在している。一部では吸血鬼すら殺しうるようなものすらも。
それからしばらく歩いたところ、二人はその吸血鬼すら殺しうる適応進化をしたらしい溶岩魚に追われる羽目になった。
そいつはヒレの他に別に四足があって器用に地面を歩いている。どうやら肺魚でもあるらしい。
溶岩の中でいくらエラ呼吸しようにも酸素なんて取り込めないからこそ、基本的に溶岩の外に顔を出して呼吸する方に進化するのは当然といえば当然だった。
「ヤバイヤバイ! 魚のくせに四本足で地面を走ってきてる!」
「冷えて固まった溶岩に適応した結果のようですね。今日の夕食にどうですか?」
「悠長に言ってる場合かな!? 今、追われてるんだよ、ボクらは!」
「あなたが溶岩を冷ましてショートカットしようというから」
「だって溶岩地帯なんてさっさと抜けたかったんだよ! まさかこんなのがいるなんて思わないし」
色々なところを旅してきたとセラフィーナは思っていたが、まだまだ世界は広い。溶岩魚には初遭遇だ。
見た目としては鮮やかなオレンジ色の鱗が非常に綺麗な魚といった風情であるが、魚顔のクセにサーベルタイガーな牙が生えていて凶悪さを醸し出している。
それが大挙して追ってくるのだ、地獄の悪魔もかくやというものであった。
しかも車ほどの速度で追ってくるものだから、途中で悠花に走らせるのをやめて今は彼女を抱えて走る羽目になっている。
「どうするんですか? 言っておきますけど、わたしにはアレを倒す手段なんてありませんからね! 調理くらいはできますけど……」
「全部凍らせると早いんだけど」
「ならやってくださいよ!」
「それだとこの辺りの生態系が崩れてしまうし。これだけの量の魚、食べきれないでしょ?」
「何を言ってるんですか!?」
「え、いやだって食べないのに生き物を殺すことは悪いことでしょ?」
「なんで吸血鬼がそんなこと言うんですか!? 命の危機ですよ!?」
「ボクは別にこれくらいじゃあ死なないし」
「わたしが死にます!」
「ああ、そっか。ごめんね、忘れてたよ」
「忘れるのが早いですよ!?」
「でもルールはルールだから」
セラフィーナは同族喰いをするからこそルールを定めていた。
一つ、戦いを挑んで勝った相手のみ喰う。
二つ、戦いを挑まれて勝った相手のみ喰う。
三つ、血を吸ってと懇願してきた相手のみ喰う。
四つ、人間に害のある吸血鬼を喰う。
ようは見境なく喰うことを抑制する為のルールをいくつか持っているのである。
大概その過程で相手は死ぬため、翻って殺したならば喰わなければならないと定めている。
「あの大群を殺したら全部食べなきゃだよ? 流石に食べきれないよ、ボク」
「それで死んだら元も子もないですよ!?」
「まあまあ、このまま走ってても逃げきれるから安心――あー、ごめん。訂正。これ逃げきれないね」
いつの間にやら進行方向にも溶岩魚が待ち構えていた。何も考えていないような魚面であったが、あれでどうやら狩りの為に獲物を追い込むくらいの知恵はあるらしい。
走って逃げきれるかとも思ったが、前にいられては流石に逃げ切るのは難しい。
目の前の奴らを避けようにも左右は熱くどろどろと溶けた状態の溶岩が満ちているし、何よりその中にはまた別種の溶岩魚がいる。
それもまた人よりも大きく、人を飲み込む威容で近づいてきた奴らを飲み込む気満々の顔をしていた。
おそらく、今四つ足の溶岩魚が狩りをしている最中、追い込まれた生き物が溶岩の方へ寄って行った時を見計らって襲うという生態をしているのだろう。
「うーん、これはマズイ」
「ええい、わかった。わかりました! わかったから全部倒して!」
「だから、ボクは食べきれないって」
「わたしも食べるし、保存食にするから!!」
「保存食! すごい、そういえばそういうことできるんだよね。何せ血を保存なんてボク考えもしないから」
保存すること自体はできるのだが、基本的にセラフィーナが食事にありつく時は空腹時だ。
一週間か一か月も食べ物がなくようやくありつけた食事を次の為に保存しておこうと思うほどセラフィーナは我慢強くないから、そのような思考なんぞ育つわけもなく、完璧にその発想が抜け落ちていた。
しかし、悠花は籠島育ちとは言えども普通に生きて来た人間だ。食べきれないものは保存食に加工してまた別の日に食べる発想がある。
当たり前のことであるが、そんな当たり前がなかったセラフィーナが邪気なく悪意なく真っ向から褒めてくるもんだから。
「すごいね、天才だ!」
「…………」
心の内の肯定感が上昇するというかで、どうにもむずがゆくて悠花はセラフィーナから顔をそむけた。
「じゃあ、さっそくーえいっと」
立ち止まってセラフィーナが右腕を振るえば一瞬にして周囲が凍り付いた。
「よーし、これでいいかな。じゃああとよろしくー」
「……はい」
「んふふー、ごっはんごっはん!」
自分で言いだした三食の約束であるが、早まったかなと後悔した悠花できてあった。
溶岩魚は地平線まで覆っているのではないかとすら思えるほどに大量だ。
溶岩魚は必死に悠花が下処理をしてその日のご飯になったり、保存食になったりした。
これからしばらくの間、食料を気にしなくてよくなったのは良いことだろうが、数日魚の匂いが抜けなくて泣きたくなった悠花であった。
なぜか同じ場にいて同じものを食べているはずのセラフィーナからは常に良い匂いがしていて、理不尽だと思った。
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