九州:熊本編

第10話 熊本へ

 籠島を出たセラフィーナ・クーラリース・テッサリアと天ヶ瀬悠花の二人は、とりあえず北上するということで意見の一致を得た。


 兎にも角にもまずは鹿児島を覆い尽くしている溶岩地帯を抜けなければどこへ行くにもままならない。

 この地帯を抜けるには北上するのが一番手っ取り早いのだ。


 かつては存在していた道やら都市やらはベネディクト・カーマインのせいでほとんどが溶岩に沈んでおりどこにもない。

 鹿児島湾など完全に溶岩に沈んで、冷えて固まり黒々とした寒々しい大地が広がっているほどだ。

 おかげで寄り道をするところも、観光地もないため真っすぐに北上している。


 そんな風に北上していたところで、セラフィーナが手にしていたスマホの電波が戻ってきていることに気が付いた。

 どうにも籠島内は電波の入りが悪かったから使えなかったがこれで地図を見ることができるとほくほく顔だ。

 旅の目的地を決めるにしても地図がなければ始まらない。


「お、繋がった繋がった」

「何がです?」

「ん? 何って、スマホだけど?」

「スマホ……?」

「嘘、スマホ知らない人間初めて見た……」

「籠島にはなかったので。こんな板みたいなので何ができるんですか?」

「色々できるよー。遠い所にいる人と会話とか、地図を見たりとか」


 分類学者には怒られそうであるが、吸血鬼とて大雑把に言えば人型の生物であり、知性も知能も人間と遜色ない。

 世界中に潜んでいた吸血鬼たちが表舞台に現れて人類支配に積極的になってから彼らがやったことは人間たちが使っていた通信インフラなどの維持管理である。

 労働者階級としてエサとしない人間たちを餞別し、配置することで文明を維持している。


 今では独自の各領地などで衛星なども打ち上げて領地独自のローカルネットワークまで築き上げていたりする。

 長い寿命を持つ吸血鬼は凝り性の気があるので、やりだすととことんやる。

 領地によっては文明レベルが既存のものよりも高くなっていたりする。そこは支配者の性格次第だ。


 ともあれスマホに話を戻して、基本的な機能は人間のスマホと変わるところはない。

 せいぜいが吸血鬼の膂力や握力で扱っても壊れない頑丈さとあらゆる環境への耐性が付与されている点だろう。


 セラフィーナが使っているスマホも吸血鬼御用達の最新モデルだ。

 吸血鬼が持つという微弱な波長で発電する機能があり充電不要という触れ込みで野宿生活のセラフィーナは重宝している。

 もちろん、同族喰いで悪名を轟かせているセラフィーナに吸血鬼の商人がそんなもの売ってくれるわけもないので、どこぞのぼんぼん吸血鬼を殺して奪ったものである。


「ほら、こうやると地図が出てくるの」

「すごい……あ、あの、これは、これをすると何が起きるんですか?」


 悠花は、まるで初めて玩具を見た子供のような反応で、目をきらきらとさせてセラフィーナがスマホをいじって画面を切り替えるのを凝視している。

 それがどうにもいじらしくてかわいいので思わずセラフィーナは笑ってしまった。


「ふふ」

「む、なんですか」

「いいや、吸血鬼を脅す変な女の子だと思っていたからさ。存外可愛いところもあるのだなと思っただけ」

「か、かわ!? ななな、なにを言っているんですか!」

「そう照れなくてもいいだろうに」

「照れてません!」

「そうか? もし照れてると認めたならスマホを上げようと思ったのに」

「すみません。照れました!」

「こういうところは素直で可愛らしいのに、どうして吸血鬼関連だとあんななのか」


 セラフィーナがポケットの中からひょいとスマホをもう一台取り出して悠花に投げ渡す。奇特なデザインのケースに収められていて一言で言えば趣味が悪い。

 ベネディクト・カーマインのものである。親の仇のスマホを渡すとか知られたらひと悶着ありそうであるが、知られなければ特に問題ないだろうとセラフィーナは高を括っている。


「おぉ……」

「吸血鬼用で丈夫だから好きに扱ってみると良い。ただし課金は駄目だよ、たぶんキミハマって大変なことになると思うから」

「かきん……?」

「キミが知らなくていいこと。とりあえず、ボクの連絡先だけ入れてあるから、何かあったら電話するんだよ」


 悠花は秒で通話ボタンを押していた。


「……もしもし」

「すごい、板からあなたの声が聞こえます!」

「……うん。通話出来て偉いね」

「わー」

「あまり変なことに使わないようにね」

「変なこととは?」

「んー、なんでもない」


 これ以降は藪蛇を喰らいそうな気がしたのでセラフィーナは目的地に話題を逸らすことにした。


「とりあえずこのまま熊本に入ろうと思うけど良いかな、ハルカ?」

「何があるんですか?」

「調べたところによれば、人間の領域だね」

「人間の……」

「県境を壁で囲んでいるらしいよ。鹿児島は溶岩の領域だしね」

「入れるんですか?」

「最悪飛び越えれば余裕。まあ、普通にゲートがあるらしいしそっちを通ろう。招いてくれるんでしょう?」

「必要ならやります。けど、吸血鬼の領地にいかなくていいんですか?」

「いるみたいだよ、熊本にも」


 セラフィーナは人間のニュースサイトを見せた。熊本で何人も変死体がでているという事件。血を抜かれたというところから吸血鬼の匂いがする。


「領地にいる奴は動かないからいつでも行けるけど。領地にいないタイプは捕捉された時に捕まえておかないとすぐどっか行って見えなくなっちゃうからね」

「なるほど、目的地が熊本なのはわかりました。わかりましたので、そろそろ休めませんか? ただでさえ昼夜逆転してるのに、朝まで歩き通しでもう歩けません」


 セラフィーナが振り返れば、ふらふらとしている悠花の姿が目に入った。同時に空が白んでいることにも気が付く。


「ああ、もうそろそろ夜明けか。そうだね、休まないとか」


 夜明けまで歩いたところで一旦、休憩を挟むことにした。

 しかし、溶岩の満ちる場所で休むのは並大抵ではないため、セラフィーナの異能で氷の小屋を作ることにして、その中で休むことにした。


「寒くないですね」

「冷気を外に逃がしてるからね。硬いだけの部屋だよ。短いけど一時間か二時間休んだら出発するよ」

「もう少し寝たいんですけど」

「夜型の生活は何かと不便だからやめた方が良いよ」

「それが吸血鬼の台詞ですか?」

「キミの為だよ。というか太陽は別に弱点ってわけじゃない。人を襲うのに都合が良かったから夜に活動していたのであってボクたちだって日向の方が好きだよ」


 何より人の村とか街に行ったときに夜だと店に入ることもできない。


「こんな硬い氷のベッドで寝れって?」

「んー、じゃあ、ちょっと調節して雪ぐらいにしようか」


 セラフィーナが指を鳴らすと小屋の中にあった氷のベッドが雪のベッドに代わる。氷よりかは柔らかそうだった。


「じゃあ、おやすみ」

「あなたは?」

「ボクは寝なくても問題ないし、外にいるよ。吸血鬼に見つめられながら寝られるとは思えないからね」


 そう言って彼女は出て行った。

 悠花はドアが完全にしまってからベッドに座って寝転がった。


「…………あれが吸血鬼?」


 吸血鬼というのは傲慢で人間を見下して、ただの餌だと思うだけのものだろう。

 それが人間に慮って小屋の外にいる? どんな冗談だ。

 同族喰いだからとでもいうのか。


「変な奴……」


 寝転がって目を閉じたらすぐに眠りに落ちて行った――。


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