第9話 二人の旅立ち

「待って待って!?」


 セラフィーナは悠花が何を言ったのか理解できなかった。いや、理解はしたが脳が理解を拒んだ。


「まだ足りないですか? でもあなたに人間の血は要らないし、わたしが出せそうなものは他にはあまりなさそうですけど……」

「いやいやいや、そうじゃなくてね、怖いよ!? 突然なに!? なんでそんなに言えるの!?」

「吸血鬼が嫌いだからです」

「嫌いな相手にそこまでやれる理由を聞いてるんだよ、ボクは!?」

「吸血鬼が嫌いだからです。敵の敵は味方と言っても過言ではないですので」

「過言だよ!? キミ、人を食べないからってライオンと一緒の檻でも満足に生活できるタイプなの!?」

「わたしに協力して吸血鬼を殺してください」

「聞いてよ!? 嫌だって言ってるんだよ、ボクは!?」

「何故ですか。理由を求めます」

「怖いからだよ!?」

「わかりました」

「わかってくれた?」

「はい。では伝家の宝刀を抜きます。一日三食付き、お昼寝も許可です」


 最後の提案は、よくコミックスなどで敵キャラを引き抜くときに使っていたななどということを悠花は思い出したので言ってみただけであった。

 まさか吸血鬼を吸う吸血鬼が一日三食お昼寝付きに釣られるわけもないだろう。


 これは時間稼ぎだ。

 この提案に呆れるなりなんなりの反応を示している間に、別の提案をするための時間を稼ぐためのものである。

 悠花はなんとしてもこの同族喰いを味方に引き入れ、日本の吸血鬼を撲滅するつもりなのだ。吸血鬼なんてものはいない方がいい。

 目の前で吸血鬼に両親が無惨に殺されたときに誓った。すべての吸血鬼を駆逐するのだと。

 そのためならば労力は惜しまない。自分の身の安全なんて些事だ。


「全然わかってな――え、一日三食?」


 だからもっといろいろと過激な提案や受け入れがたい代価を支払う気満々だったのだが、一日三食が何やら好感触で。

 というかセラフィーナは、恋する乙女のようにぽっと顔を赤くすらしていて。

 ぱぁと先ほどまでの恐れを含んだ表情が、花開いて笑顔が咲き誇ってすらいて。


「…………」


 それは常人を呆けさせるには十分すぎるほどで、美しさがまるで質量を持った輝きのようになるのを悠花は初めて目にした。

 同性であるし、吸血鬼は皆美しくその美しさを知っているというのに目がつぶれると本気で思った。

 慌てて顔をそむけたのも仕方のないことだ。きっと顔が熱いのもそのせいだ。それに魅了の瞳を見ないためだ。

 それ以外に意味はないはずだ。

 悠花はそう必死に内心に言い聞かせて――。


「っ! え、ええと。三食、吸血鬼の血、は無理だけど、残りはわたしが料理を作ります」

「…………やる」

「やっぱ駄目……え、やる?」

「やる」

「協力してくれるんですか、本当に?」

「やる。だって伝説の一日三食だよ!? 吸血鬼の血とはいかなくても一日三食、何かを食べさせてくれるんだよね!? すごい!」

「……えっとそんなに?」

「すごいよ! だってボク、一日一食どころか、一週間に一度食べられればすごく運がいいし、基本的に一か月に一回とか、一年に一回とか十年に一回とかだよ?」

「…………」

「栄養にならないけど人間の食事でお茶を濁そうとしても吸血鬼だから追い出されたりで全然できなくて、食べ物を口にすることが吸血とほぼ同じ頻度だよ? それが一日三食とか夢みたい!」


 セラフィーナの様子は、まるで嬉しくて死にそうとでも言いそうな風ですらあった。

 その様子が思わず見ていられずに悠花は顔をそむけた。まるで自分が悪いことをしてしまったかのような気分だった。

 そんな悠花の様子に気が付かづセラフィーナはうきうきした気分でこれからのことを問いかけてくる。


「それで協力するけど、まずはどうするの? ご飯?」

「あっ、そうですね。とりあえず鹿児島にいる吸血鬼を全員しばきましょう」

「鹿児島にはもう吸血鬼いないよ?」

「……いないんですか?」

「うん、いない」

「ベネディクトの記憶によれば、アレで若いけど結構大物だったみたいでね。いや、これは大物というか小心者なだけか」


 ベネディクトが他の吸血鬼が自分の領地にいることを嫌がってほぼ鎖国のようなことをしていたようだ。

 記憶を読んだ限りは、籠島市以外を溶岩が覆っていたのはほとんどそのせいということらしい。


「記憶読めるんですか?」

「血を吸い尽くせばね。血は根源だから。あ、一応言っておくとキミの記憶は読めてないからね」

「そうですか。良かったです。読まれてたら記憶を消すまで殴る羽目になってました」

「怖いよ!?」

「吸血鬼がいないのなら、次の目的地が必要ですね」

「言っておくけど、吸血鬼の気配は近くなら感じられるけど遠くだと無理だからね」


 吸血鬼なんて連中は潜むのが大得意な奴らであるため、近場でも本気で隠れられたらセラフィーナでも相手に出てくる意思がない限りは見つけられない。

 人間に交じっている潜伏中の吸血鬼を見つけ出すなら、己が獲物になって狙ってもらう必要があるくらいなのだ。

 そのため基本的に敵を挑発して出て来てもらうか、吸血鬼は綺麗な人間を好むので綺麗な人間のふりをして近づいてきてもらうかの二択である。


「む、意外に役に立ちませんね」

「索敵の異能とか探してるんだけどないんだよねぇ……人間センサーみたいなのはあったけど吸血鬼を見つける用の異能ってなくて」

「そりゃそうでしょうね。吸血鬼が持つ異能ですし」

「まあ、とりあえずここから出ようか。歩いていればどこかに辿り着くでしょ」


 セラフィーナは棺を拾って背負い直すとそう言った。

 目的地もなしにどこにも行けるはずないだろうと悠花は気楽具合に呆れる。


「そんな行き当たりばったりな」

「旅なんてそれくらい気楽な方が楽しいよ」

「別に楽しい旅にしようとは思っていません。嫌いな相手との旅ですから」

「勿体ない。人間が旅をするなんてこの時代じゃ贅沢でしょ? 楽しまなきゃ損だよ」

「旅を贅沢にした元凶に言われたくないですね。というか切り替え速すぎでは」

「やるってなったら早いんだよ、ボクは。あと、ボクのせいじゃないし」

「同族なので連帯責任ですよ」

「えぇ……っとそうだ、忘れる前にここをボクの領地にしないとね。んーと」


 セラフィーナは当たりを見渡して、これで良いかとすっかり冷えて固まっている溶岩巨人を見上げた。


「何をするつもりですか?」

「こいつを使い魔にしてここを守らせるんだよ。そうしないと他の吸血鬼が入り込んできてまーた支配時代に逆戻り。そうさせないためにボクの匂いとして使い魔を残していくんだよ」

「……吸血鬼らしくないですね」

「いやいや、これはキミのためだよ」

「わたしの?」

「キミはこれから吸血鬼を残らずこの国から撲滅するつもりなんだよね?」

「そうですけど」

「それで吸血鬼のいるところに行って、籠島に吸血鬼出たから戻ってーなんて繰り返したくないでしょ。行くなら行ったきりがいい。同じところはツマラナイよ」

「ただ面倒なだけですよね」

「そうともいう」


 しかし、悠花にしても籠島は故郷だ。ここが襲われないようにしてくれるというのなら否はない。

 悠花に受け答えしている間に、準備は済んだらしくセラフィーナが右手を溶岩巨人に向けると溶岩巨人が圧縮されてこの場から消え失せた。

 そして、爆発したかのような衝撃と爆煙とともにオレンジ色の髪をした見眼麗しいメイドが現れた。


「うん、良い出来」

「メイド……?」

「使い魔だよ。わかりやすく人型。ボク以外の吸血鬼がボクの領地に近づいたら殺していいよ」

「かしこまりました」


 メイドは恭しく礼をした。


「使い魔ってみんなああなんですか?」

「いいや? ボクが手に入れた異能だよ。術の素養か異能がないと使い魔って普通使えないものだしね。一応言っておくとグールは使い魔じゃないよ、アレは食べ残しみたいなものだから。まあ、とにかくこの子は自分で考えて動けるから任せておいて大丈夫。結構力も込めたから並大抵の奴には負けないよ」


 それじゃあ行こうかとセラフィーナは市庁舎の入り口へと向かう。


「…………」


 悠花は一度振り返ってナイフを拾うと彼女の後を追う。


「あの……」

「ん? なに?」

「……ありがとうございました」

「……ほえ?」

「何をぽかんとしているんですか」

「いや、お礼を言われることしたかなって」

「しましたよ」


 ――わたしにとっては恩人です、とは言わなかった。

 両親の敵討ちに、これから先の吸血鬼退治。

 そんなことまでやってくれるのだからお礼は当然だ、なんていう気はない。

 だって恥ずかしいのだと悠花は口を笑みでつぐんだ。


「ね、ねえ。もう一度言ってもらっていいかな? 初めて言われたからちょっともう一回言われたい」

「もう言いません」

「えぇ、そんなーぷぅ」


 ぶーぶーいうセラフィーナを追い越して悠花は市庁舎を出た。

 セラフィーナも、市庁舎を出て隣を歩く。

 人間と吸血鬼、二人の旅はこうして始まった――。


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