三回目のノック

平中なごん

三回目のノック(※一話完結)

 トイレの花子さん……誰もが知る、言わずと知れた最も有名な〝学校の怪談〟であるが、わたしの通っている小学校にもその亜種的な怪談が伝わっていた。


 〝亜種〟というのは、一般的に知られているものとは少しその扱い方・・・が異なるからだ。


 そもそも〝トイレの花子さん〟自体、全国的に様々なバリエーションで語られている怪談であるが、よく知られているところでは、女子トイレの三番目の個室の戸をノックして、「花子さん、遊びましょ」などと声をかけると、おかっぱ頭の少女の霊が現れる…といった感じのものである。


 そして、その話を聞いた子供達はほぼ確実に、その話が本当かどうか? 実際に現場のトイレを訪れて確かめてみようとするのである。


 うちの学校に伝わっている話もほぼ一般的なそれと変わりはなかったし、やはり女子達は二、三人の友達グループで確かめに行ったりしていたのだが、わたし達の場合、三回ノックするところを実際は二回だけ叩き、三回目は叩くフリをするだけという寸止め・・・が暗黙のルールとなっていた。


 なぜならば、三回ノックすると確実に花子さんが現れ、向こうの世界は引きずり込まれると言われていたからだ。


 一般的に花子さんを呼び出した後については明確に語られていないことの方が多いが、わたしのところでは呼び出した段階でもうすでにバッドエンド確定だ。


 なので、ギリギリ三回目はノックするフリをしてそのスリルを味わう、一種、チキンレースのようなゲームとして〝トイレの花子さん〟は楽しまれていたのである。


 かく言うわたしもけっこうな怪談やオカルト好きだったので、ご多分に漏れずこの〝花子さんゲーム〟をチャレンジしに行った。


 普段はあまり人の来ない図工室や音楽室のある特別教室棟の、さらに使うものの少ない三階の女子トイレ。そこの三番目の個室がわたし達の学校での花子さんの棲家だ。


「──じゃ、いくよ?」


 放課後、友達三人でそのトイレへと向かい、誰がするのか決めるジャンケンで負けたわたしは、背後で二人が見守る中、くだんの個室の前へと立つ。


 コン……。


 そして、まずは一回目のノックをおそるおそるタイル張りのトイレ内に響かせた。


 まあ、三回目までにはまだ二回もある。まだまだ安全圏なのでこれは序の口だ。


「二回目、いくよ……」


 コン……。


 さらに二回目。三回目は叩かないので実質的にはこれが最後のノックだ。もう後がない。


「それじゃあ、三回目ね……」


 背後の友人二人に今度も断りを入れると、わたしは右手の拳を大きく振りかぶる。


 もちろん、ただのポーズだ。振り下ろすも叩くフリをするだけで、文字通り寸止め・・・にするのである。


 ヤンキーじゃないが、ここでどれだけ叩く寸前までいけるのか? その根性を見せるのもこの〝花子さんゲーム〟の醍醐味だ。


 もしも誤ってノックをしてしまったら……そこで現実でも人生がゲームオーバーになってしまう……。


 もっとも、本当に三回ノックすれば花子さんが現れるのか? また、あの世へ引きずり込まれるというのも真実なのかどうかは当然疑わしい。


 過去には三回ノックしてしまい、行方不明になった生徒がいたなんて話も聞いたりはするが……まあ、眉唾物と見ていいだろう。


 だが、半分嘘だとわかっていても、半分は本当かもしれないという疑念を拭い去ることができない。


 もしも本当に言われている通りなのだとしたら……そんな疑いが虚構と現実を紙一重に変え、やはり恐怖を抱かせずにはおれないのである。


 だが反面、ジェットコースターやバンジージャンプなどの絶叫系アトラクションと同様に、そのスリルがまた堪らない快感であったりなんなもする……。


 わたしもそのスリルを味わうべく、実際にノックする以上の勢いで、少しオーバーアクション気味に拳を振り下ろした。


 もちろん、絶妙なところで拳を止めるよう、細心の注意を払ってである。


 だが、ここで予想外のアクシデントが起きる。


「わっ!」


 何を思ったか、友人の一人がわたしをビビらせようと、大声をあげながらわたしの背中をドン! と押したのだ。


 ええ!? 今、このタイミングで!? という、ぜんぜん空気読んでないバッドタイミングである。


 無論、不意に押されたわたしは前のめりになり、想定していた以上に拳がドアへ近づいてしまう……次の瞬間、コン…と乾いたノック音がまたもトイレ内に鳴り響いた。


「あ……」


 わたしも、そして、わたしを押した友人ともう一人の友達も、明らかに「ヤバっ…」という表情をその顔に浮かべる。


「はぁあいぃぃぃ…」


 そんなわたし達の耳に、どこからかか細い女の子の声が聞こえる。


 続いて、キィィィ…と木の軋む音をあげながら勝手にドアが開いたかと思うと、そこには黒いおかっぱ頭に、白いブラウスと赤いジャンパースカートを履いた、まさに〝花子さん〟的な恰好の女の子が不気味な笑みを湛えてポツンと立っている。


 だが、想像を絶する恐怖のあまり、わたし達はその場で身体を硬直させ、逃げることも、また声をあげることすらもできない。


 そうして蒼い顔を引き攣らせて固まるわたし達に対し……


「わたし、花子さん……一緒に遊びましょう?」


 一般的に言われている話とはむしろ真反対に、花子さん自らがその台詞を口にすると、愉悦の微笑を浮かべながら薄ら寒い声で語りかけた──。


(三回目のノック 了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三回目のノック 平中なごん @HiranakaNagon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画