二章・フェイステイカー

第11話 一夜明けて

 除霊配信はつつがなく終了、一夜明けて。

――将人と瑠那は当初の予定通り、打ち上げをすることとなった。

 じゅうじゅうと、炭火に肉が焼かれる匂い、音、光景。全てが将人の食欲を刺激する。

「いただきます」

 改めて、身の糧となる命に感謝を捧げる。まずは絶妙な焼き加減に仕上がったカルビへ箸を伸ばす。タレに少しだけつけて、口の中へ。

 広がる肉の、油の、タレの、旨みの三重奏。将人は思わず目を瞑って、数週間ぶりの新鮮な肉の味わいに浸ってしまう。

 次はハラミにしよう。なんて思ったところで、ふと対面の彼女に視線を向ける。

「どうした望月、食べないのか? 」

 望月 瑠那。今後の将人のビジネスパートナー、になる予定だ。

「将人くん、昨日の今日でよくそんなに……美味しそうに食べれるよね」

 艶やかな茶色のセミロング、猫のような瞳と華やかな顔立ちには、つい目を奪われてしまう。

 彼女は昨日の除霊配信終了から、実はずっと食欲がないと言う。

 将人は、口の中のハラミを飲み込んでから問い返した。

「どうして? 大成功だったじゃないか。昨日は」

 結論、そうとしか言いようがない。


 将人が悪霊を呼び出し、除霊をし、その一部始終を捉えた。全ては将人の想定通りに進み、累計の再生回数は既に一〇万回を超えている。SNSのトレンドも独占し、「あの映像は本物なのか」との問い合わせが今も止まない。様々なチャンネル、大手テレビ局からも既にオファーが来ている。しかし将人は全て断るつもりだ。なぜなら、瑠那がいるから。

――彼女と除霊配信を行うこと、それが今の将人にとっての最大目標だ。

 全ては上手くいっている、なのになぜ瑠那はそんなに浮かない顔なのか。

「もう、思い返してみてよ、あの配信、刃向威くんが刀を振って止めを刺した後、ほら、どうなったっけ? 」

 言われた通り、脳内で時間を遡ってみる。


 将人の逆袈裟の斬撃を受け、悪霊が爆散した……大量の泥と、土煙と、死臭を撒き散らして。


 瑠那が「思い返したくもない」とばかりに首を振る。

「あの瞬間飛び散った汚い泥と、肉が腐ったような匂い! 私、まともに浴びたんだからね!? あんなの嗅がされたら、当分焼肉なんて無理だっつーの」

「望月。俺、せっかくだから延期しようって言ったよね」

「刃向威くんの前で見せつけるみたいにハンバーガー食べたの私だし。その、お詫び」

 そう言って彼女がついっと視線を逸らす。


――彼女の食欲が湧かない理由はわかっている。

 あの悪霊は将人に斬られたことで、完全に「物理現象」へと成り下がった。結果としてマイナスの霊力を纏う土塊と腐敗ガスとなり爆散。周囲に甚大な精神的な被害をもたらしたのは確か。

(まぁ、俺もまともに浴びちゃいるんだけどね)

 しかし将人はこう言ったことは慣れっ子だ。実際、一々気にしていては除霊士なんて務まらない。それに、一般人は基本、悪霊の持つ「マイナスの霊力」に耐性を持たない。

 ふと、瑠那を見つめる。

「な、何? 」

 そう言って彼女が少し顔を赤くする。照れ隠しなのか烏龍茶に口をつける。

(仕方ないか、ある程度影響を受けるのは)

 除霊士として訓練を積んだ将人の目には、彼女の体に未だかすかに、マイナスの霊力がまとわりついているのが見える。

 つい、身を乗り出した。

「望月、動かないで」

 そう言って、彼女の額に手をつける。

「ちょ、何してんの!? 」

 彼女が言い終わる間もなく、彼女の額から全身に流れるよう、将人のプラスの霊力を流し込む。昨日を経ても未だ残る呪いのような悪霊のカケラを、完全に浄化する。

「って、あれ……」

 自らの身に起きた変化に戸惑う瑠那に、将人は「体調、マシになっただろ」と言う。

「何したのよ、今私に」

「昨日、君が悪霊から受けた影響を完全に取り除いたんだよ。忘れてたな……除霊士じゃなかったら普通引きずるって」

 しばらくして、瑠那は肉に箸をつけ始める。最初はまだどこか不安そうにしてたけど、ちゃんと体調が戻っているとわかると上機嫌になって食事を楽しみ始める。

 その表情の変化がわかりやすくて、つい、心が和む。

(猫を見ているみたいで飽きないな)

「何にやついてんの、気持ち悪いよ刃向威くん」

 ようやく元気を取り戻した彼女に、将人は今後の話をすることにした。

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除霊ライバー・刃向威くん 吾妻 峻 @Zumashun

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