第6話
諏実がバッグを抱えて家に戻ると、夕暮れ時の穏やかな空気に包まれていた。リビングに入ると、母親がキッチンから顔を上げ、にこやかに言った。
「お帰り、諏実。」
「ただいま。」
諏実はバッグをソファに置き、軽く伸びをしてからテーブルの椅子に座った。母親は食事の準備をしている間に、彼女の帰宅を迎えると、リビングに温かい匂いが広がった。
「今日はどこに行ってきたの?」
「海まで、自転車で。」
諏実は微笑みながら答えると、母親も嬉しそうに頷いた。母親は何度も海に行くことを勧めてきたが、諏実はいつも忙しくてなかなか行けなかった。しかし、今日の海はまた特別だった。
「海に行って、コーヒーを淹れて、静かに過ごしてきたんだ。風に包まれて、少し眠ったら、すごく幸せな気持ちになったよ。」
母親が準備していた料理をテーブルに並べながら、彼女の言葉を聞いていた。
「それは素敵だったわね。海の近くで落ち着いた気持ちになれたんじゃない?」
「うん、すごく落ち着いた。なんだか、今の学校とか生活のことも、少し違った見方ができた気がする。」
諏実は視線を少し遠くに向けると、海の景色が頭の中に浮かんだ。
「最近、ちょっと思うんだ。海とか、自然と関わる仕事をしてみたいなって。」
母親が料理を盛り付けながら、少し驚いた顔をした。諏実は続けて言った。
「コーヒーを飲んだり、風を感じたり、海の音を聞く時間が心地よくて、自然と一体になったみたいだった。海辺で働けたら、きっと毎日がもっと充実するんじゃないかって。」
母親は一瞬黙って考え込み、そしてゆっくりと微笑んだ。
「それは素晴らしい考えね。諏実らしくて、私も応援したいわ。海に関わる仕事ってどんなものがあるのかしら?」
諏実は少し考え込みながら、言葉を選んで答えた。
「例えば、海の環境を守る仕事とか、海岸での観光業、もしくはリゾート施設で働くとか。もっと広く考えると、自然と人が一緒に過ごすためのプロジェクトみたいなことでもいいかな。」
母親は諏実の話をじっと聞いて、彼女の目が輝いているのを感じ取った。
「そうね、少しずつその道に進むために準備をしていくのもいいかもしれないわね。夢を追いかけることは大事だし、諏実ならきっと素敵な仕事を見つけられると思う。」
「うん、ありがとう。」
諏実は心から嬉しそうに微笑んだ。母親の励ましに、もう少し自分の気持ちに自信を持って進んでみようと思えた。夕食の時間、二人はそれから海と珈琲の話をしながら、食卓を囲んだ。諏実はふと、今日の海辺のひとときが、自分にとっての新たなスタートラインのように感じられた。
「明日から、自分の夢に少しずつでも近づけるように、海を感じながら進んでいこう。」
その言葉は、静かなリビングに響き渡り、外の風が窓を揺らす音と共に二人の心に残った。外には、今日と同じように風が吹き、窓越しに遠くの海の姿を思い描いた。海の景色が頭に浮かび、明日がどんな日になるのかを想像した。明日も、きっと素晴らしい日になるだろう。彼女は心の中で、海に触れることを約束した。
諏実はその後しばらく、海の風や音、そして自分の心の中に広がる静けさを感じていた。時間が少しずつ流れ、やがて夕食がテーブルに並べられる頃には、心がすっかり落ち着き、決意も深まっていた。
そして、二人で夕食を終えた後、諏実は心の中で決めた。海の近くで働くための一歩を踏み出しながら、その未来が少しずつ現実になっていくことを信じて。
終
海に行きたい 紙の妖精さん @paperfairy
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