変態いらない。
「変態な人はいらない」という主張は、単に少数派や一般と異なる嗜好を持つ人を排除したいという意味ではない。問題にしているのは、欲望の内容そのものではなく、それを他者との関係の中でどう扱うかという態度である。
社会は複数の人間が相互に制約を引き受けながら成立している。自由は絶対的なものではなく、他者の自由や安全と両立する範囲でのみ正当化される。自らの欲望を優先し、周囲への影響を無視し、他者の尊厳を侵害する行動は、その前提を破壊する。
したがって、ここで否定されているのは「異質さ」ではない。
否定されているのは、共存の原理を拒否する振る舞いである。
少数であることは問題ではない。
しかし、自制を欠き、他者を傷つける行為を正当化する人間は、共同体の前提を崩す存在になる。
その意味で、「変態な人はいらない」という言葉は、差異の排除ではなく、共存の条件を守れない態度の否定である。